42 電撃
パソコンで後志ブロック予選のエントリー登録を済ませたバンドリーダーの沙良は、公式サイトを見ているうち、気になるバンド紹介を見つけた。
「…これって?」
記事の中で紹介されていたのは、記念大会特集として組まれた歴代優勝校のトピックで、京都府立
「…一年生リーダー・松浦翔子(15)は、昨年優勝の神居別高校を率いた松浦勲顧問の娘で…」
沙良は思わずパソコンのモニター画面を二度見した。
「松浦先生って、もしかして単身赴任なのかな?」
さらに。
今回は養教館高校から昨年の神居別高校までの歴代優勝校は予選免除というサプライズの発表があり、
「えっ…うちら予選なしでいきなり本戦?!」
それは裏返せば、決して恥ずかしい成績は残せないという意味でもある。
「…うわあぁ」
沙良は画面の前でぶっ倒れそうになった。
予選免除はたちどころにメンバーやロサ・ルゴサも知るところとなり、
「これはエライことになったね…」
ざわつく慶子や耀をよそに、
「逆にこれは、パフォーマンスのレベルを上げるためのチャンスだよね」
などとすず香は言い出す始末で、
「でも初戦敗退なんてやらかしたら、間違いなくまぐれ扱いだし」
明日海の言葉は、Marysの五人がプレッシャーを背負うには充分過ぎるほど決定的であった。
「オマケにさ、まさかの松浦先生の娘がうちらと同い年って…」
あまりの驚きに沙良は、頭がワチャワチャになり始めている。
「でも私…松浦先生ってバツイチだって聞いてるんだよね」
慶子が口を滑らせた。
「何でノンタン部長そんなこと知ってるんですか?」
芽衣の鋭い質問に、
「…ほら、一応部長だしいろいろ話したりするから」
その場は上手く取り繕ったが、
「…危なかった」
帰りの自転車の道中、フッと慶子は独りごちた。
優勝校の予選免除によってざわついたのは、経験校だけではない。
──出場枠が実質増えた。
という意味でもあり、強豪校だけではない下剋上が起きやすくなったという意味でもある。
現に愛知県予選では、昨年準優勝の聖ヨハネ学園津島高校が県予選敗退という波乱が起きており、
「今回は観客として行く」
と、リーダーの駒崎礼からLINEが慶子のもとに来ていたほどである。
他にも広島の似島高校、宮崎の椿ヶ原高校など昨年の決勝戦に進出したバンドのうち3校が予選で姿を消す事態となっており、
「これは何だか、もはや大事件が起きそうな気がするんだけど…」
ともにスクールバンドの事情に詳しい明日海と芽衣は、そうした共通認識を持っていた。
そうした中。
「…武藤小夜子がAMUSE脱退するってニュース入ったんだけど、…マジ?!」
スマートフォンのプッシュ通知でニュース速報が出るほどであったから、かなりの事件であったことがうかがわれるのであるが、
「こないだから、何かLINEでも様子がおかしかったんだよね…」
明日海は異変に気づいていたらしいが、
「いや…女の子はたまに不安定になる日があるから」
様子を見図っていたらしいが、
「でも理由言わないんだよね…もしかして何か巻き込まれた?」
しかし和泉橋女子高校といえば、スクバンの顔のような高校で、アニメ化された際には外国語版も制作され、AMUSEという名前は海外にも認知度の高いバンドでもある。
それだけに、
「これは…事件です」
暫時スマートフォンの画面を凝視したまま、明日海は固まっていた。
その夜。
夜中に明日海のスマートフォンに着信があったので出ると、果たして武藤小夜子で、
「明日海、少しだけ時間ある?」
LINEのビデオ通話に切り替えて話し始めると、
「ビックリしたよね?」
例の脱退の件で迷惑をかけてないか、小夜子は気がかりであったらしい。
「何も来てないよ」
逆に神居別のような田舎町にメディアが来ると悪目立ちして不審者の扱いとなるから、さすがに取材もしづらいのかも分からない。
「あれはね…実はメンバーに妊娠したのがいて」
別に和泉橋女子高校でも、AMUSEでも恋愛を禁止している訳ではないので、彼氏がいるメンバーがいたところで不思議はないのであるが、
「それがね…妊娠が分かってから、その子の彼氏が急に連絡つかなくなって」
「そんな…」
「このままじゃ絶対に騒ぎになるし、リーダーの私がちゃんと目を配ることができなかったのが原因だから、責任を取ることにしたの」
スクバンのルールでは、エントリーのメンバーが離脱した場合、ケガと病気の場合を除いて出場停止となる。
「つまり、スキャンダルになる前にメンバーを守るには、これしか方法がなかったんだ…よね」
武藤小夜子は画面の向こう側で奥歯を噛み締め、無念さを押し殺しているようにも見えた。
明日海は問うてみた。
「…それでいいの? さーたん三年生だよね?」
最後のスクバンをそんな結末にしていいとは、明日海は思っていない。
「あのね…あーちゃん。そのメンバー…私が一年生でスクールアイドルやめたあと、私にバンドやらないかって言ってくれた、いわば恩人みたいなかけがえのないメンバーなんだよね」
そのメンバーを見捨てる訳にも見殺しにする訳にもいかない──というのが、小夜子のいつわらざる
「だから悔しいのはあるけど、それ以上にこれで彼女を守ることができるならいいやって」
意外にも小夜子は、清々しい表情をしていた。
その一方で。
すず香のイトコでもある星原涼太郎のいた野球部は、夏の甲子園への出場をかけた後志ブロック予選を勝ち抜いて、驚くべきことに南北海道予選も勝ち残り、何と代表決定戦まで駒を進めていた。
──投球フォームを変えてみたら化けるかも分からんで。
という松浦先生のアドバイス通りにスリークォーターに変えたところ、低めに球が集まるようになって、思い通りに打たせて取れるようになったからである。
これにはマネージャーの菱島飛鳥も驚き、
「まるで人が変わったように打たれなくなった」
と、飛鳥は慶子に語ったが、
「…スゴいなぁ、言ったとおりにしようとするなんて」
慶子は感心しきりであった。
涼太郎を特集した新聞の記事は、
「昨年フィーバーを巻き起こした女子高校生バンド、ロサ・ルゴサに続いて、今度は野球部が旋風を巻き起こせるかどうか、この決勝戦が鍵となる」
と締められてあり、
「…うちらって、自分たちが思う以上にすごいことを成し遂げてたんだ」
慶子は身の引き締まるような思いをいだいた。
翌日の日曜日は、ロサ・ルゴサは札幌の高校の文化祭にステージゲストとしてライブがあり、涼太郎たちの結果を知ったのはライブがはねてからであった。
「…スゴいね星原先輩、甲子園行くんだねー」
サポートメンバーとして帯同していた芽衣がスマートフォンで見て結果を知ったのであるが、
「甲子園…」
慶子はふと、前に選抜大会で行ったときの、春の眩しいスタジアムの光景が脳裏によみがえってきた。
「全校応援、行くのかな?」
背後で芽衣が言った。
「あやち──綾のあだ名である──はドラムだから、応援に駆り出されそうだよね」
沙良が続けた。
「あやちが行くなら、うちらも行くことになりそうだね」
優花はそう推測していた。
振り返ると慶子は、
「…今回は予選ないから、もしそんな話になったら、大舞台に慣れるために行くのもありだと思う」
冷静に述べてはみたが、内心は少しだけ昂揚していたのか、わずかに慶子は顔が上気していた。
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