40 競争
凛々子は確かに楽器はできない。
それはバンドという組織の中にあって、いわば太刀や槍のような武具を手にした相手を前に、徒手空拳で立ち向かうがごとき無茶極まりないところはあったかも分からない。
が。
「歌唱力はカラオケの点数で見る」
という原理通りでゆけば、81点の沙良と94点の凛々子では明らかに差がある。
声質も違う。
アニメ声のような甘い声の沙良と、少し低めの声質の凛々子ではまるで対極に位置するのも、一人には決め難かったのかもわからない。
「だったらダブルボーカルにするのはどう?」
何気ない明日海の発言は、一同をハッとさせた。
「なるほど…楽器のできない凛々子ちゃんをセンターに立たせて、沙良ちゃんとパート分けしてデュエットみたいに歌わせるってことか!」
椿の解説を聞いて、耀は黙ってうなずいた。
瞬時に耀の脳内にはイメージができていたらしく、
「あのさ…米津玄師の『アイネクライネ』ってナンバー分かる?」
二人とも曲は知っていたようで、
「二人で歌ってみて?」
早速歌わせてみると耀はひらめいた顔をし、
「やっぱり凛々子ちゃんと沙良ちゃんで、ダブルボーカルにするのが正解かも」
耀の発案が採用されると、
「沙良ちゃん、キーボードはどのぐらいやってるの?」
「小さな頃からエレクトーン習ってたんで、ちょっとした曲ならなんとか」
「それは心強いなぁ」
器用な沙良が来たことは、大きな収穫であったかもわからなかった。
沙良は器用にキーボードを弾いてみせる。
「おばあちゃんの代からの左利きで、お兄ちゃんも左利きなんだよね」
沙良の猫塚家は父親以外三人が左利きという、なかなかレアな家族であるらしく、
「だから家を建てるときも、左利きに都合がいいように建ててある」
というのである。
「まぁ、世の中左利きには優しくないからね…」
右利きの慶子は言った。
しかし。
「バンドでダブルボーカルってのは聞いたことないなぁ」
たまにアイドルユニットでは散見される話なのだが、
「ないなら作ればいいじゃん。いつもノンタンが言ってるじゃん」
すず香は慶子の口癖を引用した。
「ないなら作る…」
沙良が目を輝かせた。
「…今までにないバンド、作っちゃいましょう!」
少しばかり凛々子は不安げな顔つきをしたが、
「ねっ!」
沙良が求めると、凛々子は沙良とグータッチをした。
そのようにして。
センターボーカル凛々子、ギター優花、サブボーカルでキーボードの沙良、ドラム芽衣、ベース綾で新しいバンド編成となったのであるが、
「バンド名どうする?」
これには誰も言葉に詰まった。
「だってロサ・ルゴサは使えないし…」
「…ちょっと待って」
何やら書いていたのは沙良で、
「芽衣がM、綾がA、凛々子がR、優花がY、沙良がSだよね?」
しばらくスマートフォンで何やらスペルを入れ替えたり何だりして沙良は考えていたが、
「…
なるほど、とメンバー五人は思わず目を丸くした。
「この五人にしかつけられないバンド名だよね」
凛々子が言うと、
「誰かが欠けてもダメだし」
芽衣がうんうんとうなずいてみせた。
そのような成り行きで。
バンド名もMarysと決まり、いよいよ本格的に始動開始となったのであるが、
「まぁMarysはワイが見たるわ。ロサ・ルゴサには佐藤さんおるし」
松浦先生はMarysを中心に見ることにしたようである。
「でも敵対とかではなく、互いに競っていけばレベルアップ出来るんちゃうかな?」
ライバルがおるのは大事やで、と松浦先生は述べた。
「ロサ・ルゴサとMarys、どちらもうちの芸研部では大事なバンドや。プロやからアマやからと分けたりはせえへん。せやけど、技術はどんどん身につけとけ」
「技術…?」
「せや。技術や。技術と知識は、本人が生命を落としても絶対に奪われへん」
この十人がまとまれば行けるところまで行けるやろ──松浦先生には、妙に前向きなところがあるらしい。
練習が始まるとすず香は沙良、椿は優花、慶子は芽衣、耀は綾、凛々子は明日海…というコンビで組んで練習をするようになった。
その様子を遠巻きに松浦先生は眺めながら、
「…これで分断は避けられたかも知れんな」
そこへ。
「あの…松浦先生」
来たのは菱島飛鳥である。
「星原くんのスライダー、やたらと打たれるんです」
そう言うと飛鳥は、スマートフォンで撮影した春季大会の涼太郎の投球の様子を松浦先生に見せた。
松浦先生は一瞥するなり、
「球種がフォームと合ってない」
小柄な涼太郎がオーバースローで投げても落差は出ない、と松浦先生は指摘してから、
「サイドスローかスリークォーターで投げてみ、って話しとけ。それでフォーク練習したら化けるかも知らんで」
とだけ言った。
ゴールデンウィークが始まると、ロサ・ルゴサとMarysのメンバー全員で集まって、連休で稼働していない慶子の木工所の倉庫を使って、音合わせを兼ねた練習が始まった。
松浦先生と佐藤真凛も来た。
「思ったよりアルバムが売れたのでホッとしました」
三月に出したファーストアルバム『スクールダイアリー1』は、キャッチーな曲があったのもあってランキングで初登場3位を記録し、ダウンロード版はかなり売れ始めていた。
「まぁあの子たちは身ィ張って、青春賭けてやってますからね」
そろばん尽くの連中とは違いますわ、というと松浦先生は
連休が明けると、いよいよ本格的にMarysは後志ブロック予選に向けた練習が始まった。
「とりあえず、オリジナル曲を作らなきゃならないよね」
沙良が言う部分は変わらないが、今年は第10回の記念大会で、出場校は通常の32校から40校へと増える。
「記念大会だから枠が増えるのはいいんだけど、3出制度で休んだ学校が今年は出る訳だよね?」
綾は気づいていたらしい。
「…ってことは、去年は千載一遇のチャンスをモノにできたってことか」
凛々子の指摘は実に鋭かった。
北海道代表は通常の2校から3校へと増える分、エントリー校も増えるため、それだけにブロック予選から激戦は必至であった。
後志ブロックは特に昨年3出制度で休んだ小樽学園大付や、昨年あたりから力をつけ始めてきたニセコ学院など、熾烈な代表争いが予想され、先行きは楽観視できない状態でもある。
全道大会も、同じく3出制度で休んだ穆陵や帯広理科大付属などの強豪校が出るので、簡単には勝てない。
「…茨の道だけど、やるしかないよね」
「何か燃えてきたぁ!」
優花に相槌を打つ格好で、芽衣は気合いを入れてみせた。
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