39 後輩
始業式が終わり新学期を迎えると、三人ほど新入生が体験入部に来た。
最初に来たのは、
「一年A組、
と、えらく活きのいい小柄な子で、見た目はどちらかというとギャルっぽいが、小さな頃からドラムを習っているというから、本格派でもある。
「よろしくお願いします!」
礼儀も折り目正しく、あとから聞いたが成績も悪くはない。
「ある意味、見た目で判断すると裏切られるタイプだよね」
対応した慶子が感じたのは、およそそんなところであったらしい。
数日してあとの二人が来たのであるが、それは部活動紹介を見て来たらしい。
「一年の
芽衣と違ってお淑やかな黒髪の清楚な雰囲気で、中学生の頃にメグを見て、ベースを習い始めたのだ…と綾は述べた。
「なのでピカ先輩に、いろいろ教えてもらいたくて」
綾にすれば憧れの存在が耀でもある。
「私で良かったら」
耀も悪い気はしなかった。
三人目は綾と一緒に部室へ来た沖
「ちょっとやってみますね」
そう言って優花がアコースティックギターで弾き始めたのは、何と長唄の勧進帳の滝流しである。
「何かスゴいのが来たよ」
ギターを見た椿に言わせると、かなり出来る部類らしい。
「これでボーカルが来たら、新しいバンドは何とかなりそうだね」
明日海は後輩ができたことで責任感が芽生えたようであった。
新入生の三人が加わったことで、芸能研究部は八人の世帯となった。
「こんなに人が集まるのは初めてかも」
ロサ・ルゴサはスクバンには出られないが、一年生三人はエントリーが出来る。
「そういうルールになってるらしくて、だから三人で地区予選から頑張らなきゃならないんだよね…」
部長の慶子は一年生三人に、心苦しそうにそう告げざるを得なかった。
「一年生のボーカルが来たら、何とかなるかも知れない」
明日海が前に言った言葉を思い出したのか、優花は思いついたことがあった。
「確か歌えた子いたよね?」
優花が言っているのは、一年生ながらミュージカルの経験があったところから、始業式で校歌を独唱していた
「あの子ならボーカル出来そうじゃない?」
優花の発言に綾と芽衣はうなずいた。
ところが、である。
「あの子は難しいんじゃないかなぁ」
難色を示したのはすず香で、
「私、あの子のボーカルの先生がうちのピアノの先生と知り合いだから何となく知ってるけど、バンドとか興味ないんだよね…」
小さな町だけに、この手の情報は筒抜けである。
「でも訊いてみないことには、何も始まらないですよね?」
そこは綾の言う通りでもあろう。
「まぁ、訊くだけ訊いてみたら結論は出るから」
「うーん…まぁ訊くだけならタダだし」
それでようやく、すず香も納得したようであった。
そこで副部長でもあるすず香が、半ば責任を取らされるような恰好で昼休みに音楽室にいた凛々子に寄り、
「宗任凛々子さん、ですよね?」
三年の長橋すず香です、と挨拶をしたのであるが、
「…もしかしてスクールバンドですか? 私はお断りします」
先手を打ってきた。
「だって三年の長橋さんって言ったら、スクバンで全国取ったメンバーだってみんな知ってます」
「そうだよ。それがだからどうしたの?」
こういうときのすず香は、なまじ神経質な一面があって口が立つだけに、一歩も引かないところがある。
すず香のプレゼンテーションは明快極まる言い回しで、
「私はあなたの声が気に入ったから勧誘に来た。それだけの話で、別に嫌なら代わりを探すから、あなたがいちいち気にしなくたって構わないし」
ドライなすず香の物言いはときに誤解を招き、たまにトラブルの種ともなるのであるが、どういう訳か椿なんぞはこのすず香の勧誘で入っていたりもするのであるから、分からないものであろう。
凛々子はしばし考えていたが、
「…まぁ、来れたら来てね」
すず香は結論をまず急がないし、ときに薄情とも冷酷とも取られかねない面もなくはなかったが、そうしたところを自覚もしていたらしく、
「でも他の子が来たら、悪いけど話は変わるからね」
とだけ言い置いて、このときは立ち去った。
週末の体験入部の日が来た。
「私、スクールバンドでボーカルやりたいです!」
と言ってやって来た、宗任凛々子とは違う子があった。
「何か宗任さんがやる気なさそうな噂だったから、それなら私やってみようかなって」
優花が過去に習っていた津軽三味線教室で子供時代に民謡を習っていた、という。
「猫塚沙良といいます!」
ハキハキした猫塚沙良は、弁当を持参していた。
「料理ってクリエイティブな作業だから好きなんです」
明るく人当たりも良いので、これでボーカルは沙良に決まりかけたのだが、
「…遅刻してすみません」
驚くべきことに、来る可能性が薄かった凛々子がまさかあらわれたのである。
誰もが驚く中、沙良だけは身じろぎすらない。
「あれ? 宗任さんスクールバンドやらないって聞いてたのに…なんか話が違いますよね?」
沙良は人見知りがない分、物言いも遠慮がなく、それだけに容赦がない。
「ま、私は楽器できるから、多少何かあったって何も感じませんけど」
そう言って取り出したのは、可愛らしい水色のキーボードである。
「確か宗任さんって、楽器はそんな弾かなかったですよね?」
優越感たっぷりに沙良は言った。
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