38 行脚

 卒業生を送るための送別ライブが無事に済んで、ロサ・ルゴサは初の全国キャンペーンツアーに出ることとなった。


 春休みの約二週間の期間中、まず福岡から大阪、名古屋、横浜、そして最後は札幌と各地を回ってラジオ出演やテレビ出演をするというツアーで、五人で全国を回ることもさることながら、五人で長期間旅をするのも初めての話である。


「まぁ私たち二年は、修学旅行とスクバンがかぶっちゃったからね…」


 すず香と慶子はスクバンの後志ブロック予選のときに修学旅行があったので行っておらず、椿の定時制は最後の四年生に修学旅行がある。


「だからピカと明日海は、修学旅行行ったほうがいいよ」


 慶子は下級生を気遣えるほどの精神的なゆとりを持つことが出来たらしい。





 新千歳空港から直行便で福岡空港まで来ると、


「誰も知らないから大丈夫だって」


 といったようなすず香の予想とは裏腹に、意外にも福岡のスクールバンドらしき女子高校生たちが、スマートフォンを手に何人か出迎えに来ていた。


「ようこそ九州へ!」


 という手書きの横断幕を手に特に迎えてくれたのは、福岡の糸島女子高校の〈aquarium〉という三人組のスクールバンドのメンバーであった。


「ありがとねー!」


 慶子が手を振ると、


「ノンタン部長ありがとーっ!」


 手を振り返した。





 福岡では地元の情報番組に出てクイズに参加し、翌日は移動の予備日でもあったからか半日ばかり空いていたので、話が進み始めていたフォトブックのための撮影に、糸島にある海岸へメンバーは初めてやってきた。


 カメラマン役として佐藤真凛が撮影をしながら砂浜を歩いていると、


「ロサ・ルゴサのみなさんですか?」


 と声をかけてきたセーラー服姿の女子高校生らしき人があった。


「糸島女子高校スクールバンド部、〈aquarium〉リーダーの権藤ごんどうさと美です!」


 ツイッターで回ってきた情報をもとに来たらしいが、


「まさか家の近くの海岸で出会うなんて思いもしませんでした」


 権藤さと美は言った。


「いつかスクバンで優勝して、みなさんみたいにデビューして、全国のファンに笑顔と感動を届けるのが夢です」


 さと美の目は輝いている。


「うちらの最初の頃みたい」


 耀は穏やかな眼差しで言った。





 慶子もすず香も、さと美のキラキラしたスマイルに圧倒されかかったが、しかし明日海だけは、


「私たちはデビューしたからもうスクバンに出られなくなるけど、全国には凄い子たちがたくさんいるよ」


「ありがとうございます! 負けないように頑張ります!」


 さと美は明日海と握手を交わし、


「またいつかどこかで会えたらいいね」


「はい!」


 さと美と記念撮影をすると、


「みなさんも頑張ってくださいね!」


 折り目正しくさと美はお辞儀をし、そうやってこの日は別れた。




 その日の夜に飛行機で大阪へ移動し、翌朝は関西の朝の情報番組に生出演し、昼間は新世界でフォトブック用の撮影。


 新世界では修学旅行の中学生と遭遇し、記念撮影する一幕もあった。


 夕方ラジオ番組を三件ハシゴしたあと新幹線で名古屋へ。


 翌日は午前中に名古屋城でフォトブックの撮影をし、午後から生放送ラジオに出演し、夜に新幹線で新横浜で降りこの日は宿泊。


 次の日には横浜のラジオ番組に出たあと、東京のラジオ番組に二件ハシゴで出て、桜木町の赤レンガ倉庫でイベントにゲスト出演して横浜で宿泊したのだが、


「…ただいま!」


 スクバンのときに宿舎にしていた天王町のホテルに久々に来ると、スタッフや従業員たちが出迎えてくれた。


「おかえりなさい!」


 少し涙もろいところがあるすず香は、これだけで泣いていた。


「へぇ…すず香でも泣くんだ?」


 日頃イジられることのあった椿は、からかい気味に言って仕返してみせた。




 翌日はフォトブック撮影の日に割り当てられてあって、桜木町から中華街で撮影したあと、久しぶりに横浜スタジアムの前まで来た。


 シーズンが始まりベイスターズのディスプレイが飾られたスタジアムの入り口近くまで来ると、


「…あの日のここが、ターニングポイントだったよね」


 耀がつぶやいた。


「そだね」


 明日海はうなずいた。


 あのとき雨でなければ、停電しなければ違う結果であったかも知れないのである。


「あの日はアカペラだったけど、いつかちゃんとライブしたいよね」


「そのときには、ピカも歌おう」


「…ありがと」


 グータッチをする姿が、のちフォトブックにはおさめられている。




 午後からは鎌倉へ移動して鶴岡八幡宮でヒット祈願をし、まだ桜には早い段葛を抜けて、時期外れの材木座海岸まで来た。


「日本海とはまるで違うね」


 いつも校舎や家から見える積丹ブルーの海とは違う、どこか黒みを帯びた海を初めてメンバーは見たのだが、


「こうやって見ると神居別って何もないけど、何もなかったから逆に良かったのかも知れないよね」


 耀は言った。


 確かに神居別は観光スポットではない。


 古いウイスキー工場と、高台にある古い神社はドラマでも使われたらしいが、せいぜいそんなぐらいである。


「でもさ、夢だけはあったよね」


 明日海は言う。


「それに何よりピカがいたし、すず香先輩やノンタン部長もいたし、椿ちゃんにも出会えたし」


 このメンバーじゃなかったらこんな体験はできなかった──明日海は感慨深げに言った。


「でも欲を言うなら、花ちゃんがいたらもっと良かった」


 耀の胸中の奥底深くには、花の件がわだかまっていたのかも分からない。





 ともあれ。


 約十日間にわたる全国キャンペーンツアーが駆け足気味に片付くと、最後の札幌でのキャンペーン周りがスタートした。


 テレビ出演は慣れてきたが、それでも生演奏は緊張するらしく、


「音を外さないようにするだけで手一杯だよね」


 それは全員が感じたプレッシャーであったとも言える。


 大通公園に集まる各局を回って、ようやくキャンペーン周りが終わったのは始業式の二日前である。


「まぁうちらは遅れてきた修学旅行みたいだったけどね」


 三年生になったすず香と慶子は述べた。


「あとはアルバムがどのぐらいのランキングに来るかだよね…」


 心配しても始まらないから、と天に賽子さいころほうり投げたような心持ちで、すず香は帰りの高速バスから見える月を眺めていた。




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