36 銘記
スクールバンドフェスティバルは、小雪の舞う大通公園の特設の屋外ステージで始まった。
吉田葵のファクトリーガールズも参加し盛り上がったところで、ロサ・ルゴサが登場すると一際さらに歓声が上がった。
「みなさんこんにちはー! 神居別高校スクールバンド、ロサ・ルゴサです!」
ボーカルの明日海のコールに、
「あすみーん!」
レスポンスが返ってくる。
「今日はですね、ロサ・ルゴサのみなさんに関する大切なお知らせがあります」
司会によって発表されたのは、
「なんとですね、ロサ・ルゴサのみなさんのCDデビューが決まりました!」
どよめきと拍手が観衆からわいた。
「ちなみにCD発売日は2月14日のバレンタインデーです!」
ファンの皆さんへのバレンタインプレゼントですね、という司会に歓声が起きると、
「…何だか忙しくなりそうですけど、頑張ります!」
慶子の真面目な反応が、なぜかウケた。
ライブでは三曲ほどメドレーに繋いだナンバーを歌ったのであったが、椿が梓の方をチラッと一瞥すると、目を潤ませてギターをいつものレフティで、椿が弾いている姿を、耀は見た。
ライブが、ハネた。
舞台裏の控室で吉田葵は、
「デビューおめでとう」
笑顔で慶子に祝意を伝えた。
「でも、何で私たちなんだろうって」
「それは、何万人もの人が署名を書いてくれたからだよ」
だって私も書いたもん──葵は言った。
「…えっ?」
「ネットで『ロサ・ルゴサをデビューさせるための署名』ってのがあって、それで集めたはじめた人がいるんだって」
そもそも何で誰がそんな署名を集めたのかまで、吉田葵は深く知らなかったらしい。
「でもね、ノンタンたちにそんな魅力というか磁力みたいなものがあるから、きっと何か応援したくなるんだと思う」
今日は特に梓のために弾いたようなところはあったのであるが、それでもこれまで、特定まではいかないまでも誰かのために弾いたりしているところはなくもなかった。
「そうやって自分だけでなく、何かのために弾いてるのが分かるから、みんな応援するのかな」
という葵の一言は、とても図星を射た表現であったのかも知れなかった。
梓の病名は突発性難聴であった。
ストレスから来るとされ、難病としても知られており、それを聞いた椿は、
「あんなに音楽が好きだったコマッキーが難聴なんて…」
と無情すぎる事実を嘆いたが、
「…だけど、うちらのサウンドを聴かせることが出来たのは良かったのかも知れない、のかな?」
梓から感想を聞けることもなかったので分からなかったが、梓の心に刻むことができたのであれば、それで良い──と信じるより他なかったらしい。
翌週に開かれた、例の子供たちに向けた地元の恒例行事である教会のミニライブで、子供たちのために演奏をし、メグや美優がそうしたようにお菓子を配り、クリスマスソングを歌ったのであるが、
「でも、プロになったら出来なくなるんだって」
明日海曰く佐藤真凛によると、無料ライブにあたるためギャラの派生があるのだそうで、
「だから文化祭のライブも、今度から有料になるんだって」
それはデビュー後がプロであることの自覚を促すポイントではあったが、一抹の寂しさもとりわけ明日海は感じたりもしていた。
年が、明けた。
二日に近隣ではパワースポットとして知られていた、小樽の龍宮神社でメンバーが初詣を済ませたあと、少しだけだが観光のついでにみんなでゲームセンターに寄ってプリクラを撮り、初売の雑貨屋に寄ると、メンバー五人でそれぞれ色違いのクマのぬいぐるみを買った。
「イメージカラーって訳じゃないけど、何となく分かれるよね」
耀はオレンジ、椿は紫、すず香は赤、慶子はピンク、明日海は緑──花が好きな青だけは、なぜか誰も選ばなかった。
「あ、ついでに先生のも買っとこ?」
何気なく慶子は、松浦先生がよくグレーの車に乗っているのを記憶してたのか知っていたので、グレーのクマのぬいぐるみを選んだ。
「あのごっつい先生が、こんな可愛いのつけてたら面白そうだよね」
耀はイメージが浮かんだらしく、それがしかもツボにはまったようで、
「…超ウケるんだけど」
帰りのバスの中で一人だけ笑い転げていた。
冬休み中、メンバーは耀のライブハウスに集まって、デビュー曲に決まった『Thank You』とカップリングの『夢に届け!』、デビューイベント用の書き下ろしである『カタモオイ』『ボクらのミライ』などを音合わせし、リハーサルをしては、チェックをしたりもしていた。
リハーサルが佳境に差し掛かった頃、
「ね、椿ちゃん?」
ふと明日海が問うてきた。
「私たちってさ、前に進むごとに誰かが悲しい思いをしているようにしか思えないんだけど…、どうなんだろ?」
確かにあかりや杏樹先輩、花や吉田葵、さらには梓…ロサ・ルゴサが一歩一歩進むごとに、挫折したり諦めたり、さらにはこの世からいなくなってしまったり──明日海はそれを言いたかったらしい。
「…あのね、明日海」
椿は考えながら言葉を紡ぐように、
「私たちが悲しむのは、新しい何かを得るためなんだよ」
いじめを経験し、地獄を見た椿にしか見えない何かがあるのかも知れない。
「…だから似たようなことがまた起きるかもしれない。それでもうちらは全速前進しないと、生き残るなんて出来ないんだって、うちなんかは思うけどね」
何かを悟ったような椿を、このときの明日海は理解し難く感じたらしいが、帰り道に考え合わせてみると、
──全ては誰かの犠牲の上に成り立っている。
という、すず香や慶子にはない経験値が、それらを言わしめているのかも分からなかった。
他方で。
すず香はすず香で迷っていた。
「ピアノのコンクール、もしかしたらデビューイベントと日程かぶるかもしれないんだよね」
慶子は黙って聞いていたが、
「…すず香はさ、ピアノ好き?」
「うん」
前回のコンクールのときに、評価はすず香のほうが高かったはずが、どういう訳か明らかに技術の劣る子が選ばれたことに、引っ掛かるものを感じていたらしかった。
──今度は審査員に媚びるように弾けば大丈夫だから。
満座の前で言い放ち、呆然とする周囲を尻目にすず香は一見気にする様子すら感じさせなかったのであったが、内心では深く傷いていたらしく、
「すず香って、変に強がりなところあるからさ」
慶子は見抜いていた。
「ノンタンには叶わないなぁ」
すず香はふっと苦笑いを浮かべた。
慶子は向き直ると、
「すず香さ、もしピアノが好きなら目指したっていいんだよ。でも、媚びてでも賞を取りたいなら、私はそれは違うと思う」
「…分かってるって、そんなの。好きなことだけしたいけど出来ないの、ノンタンだって知ってるじゃん」
「私は分かるよ。昔から期待されて、しかもすず香はそつなくこなして来られたから、逆にそこで道を塞がれたら、すず香は視点を変えられるほど、そこは器用じゃない子だったってことも」
慶子が思い出して語り始めたのは、小学校一年生の、初めての母の日のカーネーションを工作で作ることになった日の噺である。
「先生がやり方を説明してるときに、すず香は先にさっさと紙を切ったり丸めたりして、カーネーション作っちゃってさ。それからかなり暇そうに座ってたじゃん」
いつもすず香はそうだった──慶子は笑った。
「でもね、私はそんなすず香が嫌いじゃなかったし、見てて面白い子だなって。だからあのあと、遠足で班を決めるときに、私があぶれそうになったらすず香が声かけてくれて、それからの付き合いだしさ」
要は、
「ピアノのコンクールに、無理して出ることはないのでは?」
という、すず香の高いプライドを傷つけないようにと、手に取るように分かる慶子ならではの、暗喩めいた本心の発露であったのかも知れない。
すず香はため息を深くついてから、
「…ったく、ノンタンには叶わないなぁ」
すず香は肩をすくめてから、
「ピアノ、楽しくないんだ今は。バンドでキーボード弾いてるほうがはるかに楽しい」
「だったらそれで、良いんじゃないかなって」
「…うん」
「すず香ってさ、昔から何かと手間かかるよね」
「ノンタンに言われたくない」
ふふふ、と慶子は微笑んで返すだけであった。
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