35 針路
オープンスクールを無事終えたメンバーのもとへ、
──北海道スクールバンドフェスティバルご招待のお知らせ。
という封筒が届いたのは、期末テストが終わった十一月の末のことである。
「この度、北海道を代表するスクールバンドによる合同イベント『北海道スクールバンドフェスティバル』を開催することとなり…」
とあり、週末に道庁の観光局にある事務局から担当者が来て、説明をしに来るのだという。
「フェスティバルの案内、来た?」
と吉田葵から久しぶりに慶子のもとへLINEで連絡が来たところからして、どうやら江別工業にも同じ封書が届いたらしく、
「何かね、神居別がハマスタ行ったときの番組だかを見た道庁の人が思いついたらしいんだけど」
札幌で毎年開催されている、ホワイトイルミネーションのイベントの一環として、道庁と札幌市役所が組んで開くとの由であった。
話題は折しも来校中の佐藤真凛も耳にしていたらしく、
「例の条件を本社で了承してもらえましたので、この日をデビューお披露目のイベントということで準備しましょう」
という、何とも急に慌ただしくなる話の流れとなった。
クイーンレコード社では例の条件を、
──至極もっともである。
として諒解したばかりでなく、専属のマネージャーをつけることでプロジェクト化し、
「神居別モデル」
として、学生アーティストのマネジメントの見本に将来的にはする計画でもあったらしい。
そのための試金石として、スクールバンドフェスティバルの開催は、どうもうってつけであったようで、
「みなさんはライブの曲数とタイトル、あとはだいたいの時間だけ決めてもらえたら、それ以外はこちらでマネジメントすることになるかと思います」
佐藤真凛の分析による見立てであった。
とはいえ。
曲数の目安も分からなかったが、この前のオープンスクールでは三曲ほど披露したので一応三曲とし、しかもメドレーにしやすいナンバーを選んで練習をすることとなった。
「全道大会のときに対戦した学校がほとんどだから、何となくイメージしやすいよね」
椿と明日海がリサーチしたところでは、神居別と江別工業の他には穆陵、帯広理大付属の4校が参加することとなっている。
「穆陵かぁ…コマッキーくるのかな?」
「でもコマッキー、最近バンド関連のところに顔出してないらしいんだよね」
椿が気にしていたのは、梓がスクールバンドから距離を取り始めているらしい様子があることであった。
「まぁコマッキーは来年受験生だし…」
定時制の椿は卒業まであと二年あるが、梓も、すず香も慶子も来年は受験生である。
「すず香は進路決めた?」
慶子は受験に備え、部室にタブレット端末を持ち込んで、早くも予備校のオンラインカリキュラムの受付の準備をしていた。
「私、学芸員になりたくてさ」
それには教育学部へ進学する必要がある。
他方で、すず香は悩んでいた。
できればピアノの先生かピアニストになりたかったのであるが、それにはクラシックピアノの練習を再開して音楽大学へ行くか、ピアノコンクールで優勝するか、さなくば海外の音楽学校へ留学するか──という選択肢となる。
「スクバン優勝したからってピアノの先生になれるとは限らないしさ…」
当初、すず香がスクールバンドに対して醒めた眼を持っていたのは、そういったところがあったからに他ならない。
ところが。
スクバンで優勝して以降、あちこちの音楽大学からAO入試の話が来始めている。
「でもそれって、要は客寄せパンダな訳だよね?」
利用しない手はないが、それでもすず香の理想通りにピアノを学べるかどうかの保証はわからない。
そうした中での、スクールバンドフェスティバルの出来事である。
耀は相変わらずベースの練習に明け暮れていたのだが、声の伸びが戻らないことに焦りを感じてもいた。
何とか歌えるところまでは回復したのだが、
──奇跡のボーカル。
と呼ばれた高音の伸びが出なくなり、人前で歌うことをためらうようになってしまっていた。
しかし、
「私にはベースがあるから」
と言い、花の形見となった黒いベースギターを愛用し、雑貨屋で手に入れた、タッセルのついた星型のリフレクターを、ヘッドのペグに取り付けてあったリングフックに提げ、毎日一人で時間を見つけては練習を繰り返していた。
初めはショックもかなり強かったのだが、
──まだ私にはベースがある。
開き直ると耀は立ち直りも早かった。
十二月に入るといよいよスクールバンドフェスティバルの練習も本格的になり、クリスマスカラーの緑のマフラーとサンタクロースの帽子を用意し、
「これでステージに行く準備はどうにかなったね」
メンバーは札幌で梓や葵に会えるのを楽しみに支度を進めていった。
明日は札幌へ出発するという夜、
「椿ちゃん…ごめん。明日行けなくなった」
梓からLINEが来たのだが、理由を訊いても梓からの反応がない。
「なんで? なんか遭ったの?」
椿がしびれを切らしてあかりに連絡をつけると、
「アズ、椿ちゃんになんにも話してなかったんだ…?」
あかりは驚いたが、椿に説明をしてくれた。
椿には初見の話で、
「アズね…今だんだん耳が聞こえなくなってきてるの」
あかり曰く、原因のわからない難聴が始まったのは三ヶ月ほど前で、
「最初はストレス性の難聴って言われてたんだけど、次第に悪化してて…」
病院で診察して検査もしてもらったらしいのだが、原因が分からないまま聴こえなくなってきているらしく、
「それで、LINEで話すのは何ともないんだけど、音声通話はだんだん難しくなってきてて…」
それで塞ぎ込んでしまい、特に椿には言いづらかったらしい。
「…だから、明日は行きたくないってのも分からなくはないけど、でも明日行かなかったら、聞こえなくなったときに後悔するかも知れないし」
あかりの深慮は的を得たものであったかも知れなかった。
「だから私、明日アズを連れ出す。だから椿ちゃんは心配しないで大丈夫だから」
話してくれなかったことは、椿も腹立たしく悲しくもあったらしかったが、梓の立場からすると、聞こえるフリをしてまでライブに行くだけの勇気を出せなかったのかも知れず、
「…コマッキーは変なところで優しいからなぁ」
梓を責める気に、椿はなれなかった。
当日の朝。
メンバーと松浦先生、佐藤真凛を乗せたバスが札幌の大通公園のステージ裏に到着すると、交差点の向こう側にあかりと梓がいた。
「アズ!」
大きく椿が手を振ると、梓はみるみる顔が歪んだ。
涙をボロボロにこぼしながら、青信号を渡って椿に抱きついてきた。
「うわあぁーん…」
幼子のように大声をあげ、椿に抱きついたまま梓は泣きじゃくっていた。
椿は泣くまいと空を仰いだ。
ちらつく雪を見ながら、梓が泣き止むまで椿は動こうとはしなかった。
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