34 合議
翌朝。
朝練で五人集まった際、再びデビューについての話が持たれた。
「みんなは、どうしたい?」
あらためて慶子は意見を求めた。
「…昨日、さーたんと話したんだけど」
明日海はLINEの画面を示しながら、武藤小夜子と話した内容をかいつまんで話した。
「なるほど、私たちが卒業するまでの期間限定みたいに、まず活動してみたらどうかってことね」
すず香はうなずきながら、
「確かに期間を絞れば、大学受験とか影響は少なそうよね」
それに──とすず香は、
「私たちみんながプロになりたいかどうかは、正直なところ分からないし」
すず香はピアニストになりたい夢を諦めた訳ではないし、慶子も司書になるための試験勉強は合間に続けている。
「プロになりたいなら、最初からレッスンとか本格的に受けてるよね」
椿も、ギターを弾いているときが楽しいだけで、別にこれを生業にしたいという信念はない。
「まぁ、うちの場合リハビリみたいなもんだけどさ」
椿は自嘲してみせた。
数日話し合って方向性だけ決めたメンバーは、
「条件付きなら、デビューを前向きに検討してもいい」
という結論を松浦先生に伝えた。
①部活とは切り離してロサ・ルゴサとして活動する。
②ルールに抵触するので、スクバンには出ない。
③期間は暫定的に現二年生の卒業までとする。
④活動の延長は、在校メンバーで会議して決める。
つまり芸研部に在籍はするものの、ロサ・ルゴサとしての活動は分けて行動する──という基本的な方針を固めたのである。
「分けて活動すれば、お金の問題とかも分けて考えることが出来る」
木工所の経営を実質切り回している、慶子の母親からの助言を取り入れたものでもある。
「なるほど…これがもし受け入れられなかったらどないすんねんな?」
「そのときは、クイーンレコードさんには諦めていただくしかないです」
慶子には決めたら動かないところがあるらしく、
「みんなで話し合って決めたことです」
日頃はのんびりしてそうな慶子が、このときばかりはキリッとした顔で、確固と意志の強さを表にあらわしていた。
週末、再び佐藤真凛が来校すると、松浦先生と慶子の他に校長を含めた四人で話し合いの場が持たれた。
「けっこうハッキリ条件を付けてきましたね」
佐藤真凛はどうやら初めはこれが学校側の意見かと思ったらしかったが、
「これはメンバー全員で一週間近く話し合って決めたので、もしこれが受け入れられない場合は、この話はなかったことにしてください」
慶子がしたたかに言い放ったので、佐藤真凛は驚いた顔をした。
「今どきの高校生は、下手な大人よりしっかりしとるわ」
松浦先生は苦笑いを浮かべたが、
「分かりました。でもこれだけきちんと検討してくださったことには感謝しております」
佐藤真凛は深々と頭を下げた。
「本社に連絡をしてからになるかと思いますが、みなさんのご意見は必ず伝えますので、ご安心ください」
佐藤真凛は結果を急がないまま帰った。
「…あの、先生?」
「東久保、どないした?」
戻りしなの廊下で慶子は、
「…私たちって、生意気ですか?」
「ワイは別に、生意気には思わんけどな」
それがどうかしたんか──松浦先生は訊ね返した。
慶子はおずおずと口を開いた。
「いや…私たちは別に有名になりたいとか、そんなんでバンドを始めた訳じゃないので、正直なところ困惑してるんです」
松浦先生はうなずいてから、
「まぁワイが甲子園行ったときも似たようなもんやった。初めは野球が好きで、そのうちみんなで野球するのが楽しくなって、試合するうちに勝ったり負けたりして勝つ喜びを覚えて、いつしか甲子園行きたくなって、それでチームがまとまったらいつの間にか強くなってて」
松浦先生は立ち止まった。
「ほんで、芸研部も似たようなもんやったやん? 初めは音楽が好きで、何となく楽しいからって集まって、バンド初めてさらに楽しくなって、それで全道で負けたら勝ちたくなって、みんなでチームまとまったらスクバン優勝して。せやろ?」
不思議なほど慶子は、松浦先生の前では素直にうなずく。
「でもな、目的って変わったりしたら、意義とかココロザシとかも変わってまう。ワイのときには勝つのが目的になったら、途端にチームがバラバラになった」
チームがバラけるようなアホなことだけはすなよ──それは松浦先生ならではの、体験者にしかわからない教訓のようなものであったのかも知れなかった。
条件を出したことがよかったのかどうか、慶子は気がかりであったらしく、全国大会で知り合った聖ヨハネ学園津島高校の駒崎礼に、LINEで話しかけてみた。
「うーん、私は第三者だからなんだけど」
でもみんなで決めて間違ってないと思うなら、それはそれで良いと思う──というのが、礼の意見であった。
「だってみんなで話し合って決めたんだよね? それなら誰もそれを否定することはできないと思う」
実はね、と礼は、
「私の場合は、ソロでモデルにならないかって言われて」
でも自身は音楽が好きで、仲間を見捨てるように感じていたのか、まだ決断を出せていなかった。
「ノンタンだったらどうする?」
「私は…私なら、そのことをメンバーに話すかな」
私は自分だけの力で結果を出せた訳ではない──慶子は偽らざるところを述べた。
「なんかノンタンらしいな。あなたはいつも控え目だから」
でもどうやらそれで、礼はメンバーに話してみようと思えたのか、
「ありがとね、なんか踏ん切りついたわ」
その日はそれでLINEが終わった。
土曜日のオープンスクールの日、駒木根梓がイトコの娘だという海老原ミカを連れて校舎までやってきた。
「ロサ・ルゴサを見たいって言うのがいて、それで連れて来たさ」
ミカは受験生で、最初は穆陵高校を視野に入れていたらしかったが、ロサ・ルゴサの活躍を見て神居別高校に興味を持ったらしい。
「楽器は何かやってるの?」
椿に問われるとミカは、
「子供の頃からアコースティックギターを習ってるので、ギターが弾けます」
と答えた。
「アコースティックギターかぁ…バンドよりシンガーソングライターとかになれそうかも」
椿は微笑みながら述べた。
ミニライブは午後からの予定で、午前中は椿は梓とミカを連れて、校舎を案内して回った。
「あ、コマッキー?」
声をかけてきたのはすず香である。
「…妹さん?」
「うぅん、イトコの娘のミカ」
互いに挨拶を交わすと、
「ロサ・ルゴサのすず香さんですよね?」
「ありがとね。でもね、もしデビューしたらロサ・ルゴサに入れないかも知れないんだ」
キョトンとするミカに、すず香はロサ・ルゴサと芸研部が分かれて活動する話をすると、
「…じゃあ、私たちが新しくスクールバンド組めばいいってことですよね?」
「まぁ、そういう話になるけど…」
「それはそれで、新しくイチからスタート出来るからいいじゃないですか!」
ミカの一言はすず香には衝撃であったらしく、
「そっか…その発想はなかった」
すず香は切り離すということがそういうことである…という事実に気づくと、目から鱗が落ちるような感覚であったらしい。
午前中の一般公開のあと、午後からのミニライブはかなり盛り上がった。
「みなさん本日は、オープンスクールへようこそお越しくださいました。今回は活動内容の紹介を兼ねて、芸能研究部のミニライブをこれから開始します」
部長の慶子がマイクを手にメンバーを紹介したりしながら、
「ちなみに私たちのクラブ活動の他に、私たちの学校にはさまざまな部活動があります。自主的で気取りのない、おおらかな精神を育てる神居別高等学校を、みなさんにより知っていただけると幸いです」
最後はスクバンで披露した『Thank You』や文化祭で好評だった『Magical Dreamer』など三曲を披露し、ミニライブはハネた。
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