31 難関
準決勝リーグCグループは、準決勝二日目の午前十時開始であった。
演奏順は、
〈CAMELLIA〉椿ヶ原高校【宮崎】
〈玲瓏〉似島高校【広島】
〈リトルデーモン〉聖ヨハネ学園津島高校【愛知】
〈ロサ・ルゴサ〉神居別高校【北海道】
という順序になっている。
「とりあえず似島と聖ヨハネ学園の後にきたのは良かったけど…明日海のボーカルバージョンは、ほぼぶっつけ本番だからなぁ」
すず香はまだ不安が取り切れないままであったらしいが、
「すず香先輩、往生際悪すぎ」
隙を突いて明日海が、すず香の例の真っ赤なメガネを取り上げると、
「これなら演奏に集中出来るから、逆にいいんじゃない?」
そういうと明日海は、自らのブレザーのチーフポケットに真っ赤なメガネを挿した。
「…明日海、返して!」
「だってすず香先輩、ネガティブなことばっかり言うから…だから演奏終わるまで借りますね」
そう言うと明日海は、そのままサックスを手にチューニングをしに出ていってしまった。
しばらくして戻ると、
「…明日海、もう分かったからメガネ返して」
すず香は力なく半分ベソをかいていた。
「…ったく、めんどくさい手間のかかる先輩だなぁ」
明日海はメガネを手にすると、
「じゃあ、もうネガティブなこと言わないって約束してくれたら返します」
「…分かったから」
明日海はメガネを返すと、分捕るように受け取ったすず香が慌ててメガネをかけ直した。
「でもメガネ外したすず香先輩、けっこう可愛かったかも」
そういうところは、見逃さなかった。
舞台袖で見たのは、聖ヨハネ学園津島高校の〈リトルデーモン〉のパフォーマンスであった。
「ゴスロリのバンドなんて見たことなかった」
メンバー全員が黒ずくめのロリータファッションに身を包み、それぞれ演奏して歌っていたのである。
「これだけ個性的なら、確かに準決勝までくるわ」
事実、リーダーでボーカルの
「…でもうちらは、うちららしくあるのが一番だよね」
慶子は神居別高校は、いうなれば田舎臭さの抜け切らないところが個性であるように見えていたらしい。
衣装は制服のリボンをそれぞれのイメージカラーに変えただけで、赤いメガネのすず香以外はというと、サイドテールをオレンジのリボンで束ねた耀はスカートの下にパニエを仕込んだり、ネコ毛でクセ毛を紫のシュシュでツインテールにした椿は真っ黒いストッキングを穿いたり、明日海はショートヘアのサイドを一箇所だけ緑のボンボンがついたヘアゴムで束ねてみたり…と、わずかな自己主張が見られるぐらいなものである。
そのため慶子は特別なことをせず、せいぜいポニーテールにお気に入りのピンクのオールドローズの髪飾りをつける程度のものであったが、却ってそれはいさぎよく映えたものらしく、
──すぐ隣にいそうな身近な存在。
というところが、人気の理由でもあったらしかった。
リトルデーモンの演奏が終わり、入れ代わりの移動が始まると、
「お疲れ様でした」
互いに挨拶をする。
このときスタッフが清掃するので、わずかに時間があるのであるが、
「…ロサ・ルゴサって制服だから、サウンドで勝負してるぶん無駄がないしカッコいいですよね」
どうやら駒崎礼に言わせると、そういうことであるらしく、
「うちらは単に田舎でお金もないからだけなんですけどね」
恥ずかしそうに俯向く慶子に、
「…私は好きですよ、かっこよくて」
駒崎礼は笑顔で応じた。
ロサ・ルゴサは花が遺した『カプセル』を披露した。
この頃ともなると、花の一連のエピソードはスクバンの熱心なファンの間ではかなり知られた話柄で、観客席ではハンカチを手に泣きながら聴いている観衆すらあった。
間違えることもなく一曲終わってメンバーが舞台袖に戻ると、
「こうなったら、あとは運を天に任せるしかないよね」
慶子は椿に言った。
「人事を尽くして天命を待つ、かぁ…」
椿は天井を仰いでみせてから、フーッと息をついた。
結果発表が始まると、客席は照明が暗転した。
「…やっぱり心配だなぁ」
すず香の心中は穏やかならざるところであったらしく、
「あのさぁ…手、握ってていい?」
いうが早いか、隣にいた耀の手を取って固く握った。
ドラムロールが鳴り、間があって、
「それでは、決勝進出チームの発表です!」
ステージのプロジェクタースクリーンに視線が集まる。
「…!」
一同が驚いたのは無理もない。
1位〈リトルデーモン〉聖ヨハネ学園津島高校【愛知】
2位〈ロサ・ルゴサ〉神居別高校【北海道】
3位〈CAMELLIA〉椿ヶ原高校【宮崎】
4位〈玲瓏〉似島高校【広島】
決勝の常連であるはずの似島高校が、最下位に沈んでいたのである。
「2位だけど決勝は残れたね」
耀の声はまだ、かすれ気味である。
「もし当日の朝かすれてたら、私が代役で歌うから大丈夫だよ」
肩を落とす耀を、明日海は慰めるように述べた。
このような経緯で。
決勝まで何とか勝ち進んだ神居別高校だが、やはり問題は耀の声のことであるらしく、
「万全ではないよね…」
すず香や慶子はかなり気を配っていたようである。
ところが。
「…あのねノンタン部長、私…明日海にボーカル譲る」
帰りのバスで慶子に、そんなことをLINEで──まだ完治していなかったので喋らなかったのであるが──耀は言い出したのである。
「あのときカラオケでたまたま私が93点だったけど、明日海だって91点だったし」
ボーカルを選ぶときのカラオケで聴いたとき、明日海だって下手ではなかったのである。
「いくら突発的なこととは言ったって、大事なときに使えないボーカルなんかボーカルじゃないし」
耀なりに、責任は痛感していたようである。
「いつ治るかわからないから、それなら早く明日海に任せたほうが、良いような気がする」
笑顔のスタンプを捺す耀の、内心の無念が推量できるだけに、慶子は何も返すことができなかった。
はるかな余談となるが、このときの耀の一件がもととなり、のちに予選の方式が一部変更となって、映像選考が採用されることになったのであるが、それはだいぶんのちになってからのことである。
さて。
この日の夜、決勝に進出の決まった8校が確定した。
北から順に、
〈ロサ・ルゴサ〉神居別高校【北海道】
〈小町娘。〉秋田学院高等部【秋田】
〈AMUSE〉和泉橋女子高校【東京】
〈マーキュリー〉駒ヶ根商業高校【長野】
〈リトルデーモン〉聖ヨハネ学園津島高校【愛知】
〈cherryblossom〉桜城大学高校【京都】
〈パープルピンク〉藤崎女学院高校【熊本】
〈サンセットピーチ〉桃原高校【沖縄】
この8校の他に、
〈
〈CAMELLIA〉椿ヶ原高校【宮崎】
このチャレンジカード上位2校の計10校が、ハマスタでの演奏校となった。
「和泉橋とかヨハネとか、知ってる学校がいると緊張は少ないけど、それでもハマスタってのはプロもライブするから、なんかドキドキするよね」
慶子はワクワク感とドキドキ感が入り混ざっていた。
そこへ、
「来たよー!」
カートを曳きながらやってきたのはメグである。
「メグ部長!」
椿が気づいた。
「休み取れたから来た」
なんと言っても、メグや美優があと一歩まで来て果たせなかった、全国大会である。
「ネットで毎日見てるけど、みんなスゴイね」
「いや…メグ部長や美優先輩にあんなこと言った手前、絶対負けられないって意地だけで、ここまで来たようなものなんで」
「あー…借りね」
ダメ金で負けたとき、泣きじゃくっていた美優に椿が浴びせた言葉である。
「スクバンの借りはスクバンで返すしかないって、確かに言いましたけど…借り、返せたと思いますか?」
「私は返せたと思うよ。だってハマスタまで来たじゃん」
椿の横ですず香が涙ぐんでいた。
「そう言えば、すず香がいちばん最初に来た日のこと、覚えてる?」
「何となくですけど」
「すず香ったら、まるでアイドルみたいに首かしげてキョトンとしててさ。あれから見たら、ずいぶんたくましくなったなーって」
メグは笑いながら、
「ともかく、明日には星原くんとか来るみたいだし、卒業生には応援行くように連絡回ってるみたいだから、目一杯楽しんで来なって」
「…はいっ!」
すず香は目に涙をためながら、微笑んでみせた。
決勝戦の朝。
メンバーは少し早く起きると、五人でゴミ袋を手にホテルの周りのゴミ拾いをし、部屋を掃除してから朝食を取り、
「今までありがとうございました!」
ホテルの見送りに向かって深々と一礼し、バスに乗り込んだ。
メンバーが去ったあとホテルで清掃が始まると、メンバーがミーティングに使っていた部屋から一枚の寄せ書きが出てきた。
今日までありがとうございました。
ホテルのみなさんのおかげで決勝まで来れました。
本当にありがとうございました。
私たちはお世話になったみなさんのために、
ハマスタで精一杯のパフォーマンスをして参ります。
今まで本当に、ありがとうございました。
という文章と、メンバー五人の署名が書かれた寄せ書きの色紙である。
この色紙がやがて新しい展開を巻き起こすきっかけとなるのであるが、それは決勝戦ののちの話である。
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