29 岐路
チャレンジカード。
美優によると「準決勝リーグでそれぞれ3位になった八校の中から上位二校を決勝に進出させる」というルールで、
「去年までなかったんだけど、今年から加わった新しいルールらしいんだよね」
美優もホームページで見て驚いたらしい。
「けど前に違う分野だけど、敗者復活戦から優勝したチームが出てきて廃止になったり…なんて例もあるから、何とも言えないよね」
宿舎で美優の話を聞いたメンバーは唖然とした。
「それじゃあ、なんのための投票とリーグなんですか?!」
すず香は怒りがこみ上げてきた。
「トーナメントでもないのに敗者復活戦ってのは、確かに何か無意味な気もしなくはない」
言われてみればすず香の言った通りなのだが、何とも釈然としないものだけは残った。
さて。
四日間の準々決勝リーグの結果が出て、神居別高校のグループCの準決勝リーグでのエントリー校が決まった。
決定順に、
〈玲瓏〉似島高校【広島】
〈ロサ・ルゴサ〉神居別高校【北海道】
〈リトルデーモン〉聖ヨハネ学園津島高校【愛知】
〈CAMELLIA〉椿ヶ原高校【宮崎】
椿ヶ原高校と神居別高校は初出場だが、あとは常連校で強豪でもある。
今度は二日目の午前なので、僅かではあるが時間にゆとりがある──ということでエントリーしてある、花が遺した『カプセル』の音合わせを兼ねたリハーサルをすることとなった。
「あらためてこうやって聴いてみると、花ちゃんって声もキレイだったんだよねぇ」
慶子がデモンストレーションの音源を聴きながらふと洩らした。
「いつまでも引きずってる訳にはいかないから、今度はうちらでこの曲を、花ちゃんの曲をカバーするつもりで歌うしかないのかなって」
耀には期するところがあったようで、
「…これの出番かな」
ケースから耀が取り出したのは、花の形見となった例の黒いベースギターである。
耀はおもむろに弾き始めると、
♪風の激しい日も羽ばたくしかない
寒い雨の日も駆けるしかない
ボクらは進むしかなかった 残された羅針盤だけで
闇か光かギャンブルだというのに
キミは言う
「キミにはキミだけのものがあるんだ」って
掌にあるひとつぶの種は未来へのカプセル
さぁゆこう!
顔を上げて導かれるままその先へ
ベースラインを引きながら耀が歌うと、
「これさ、ホントは決勝で歌いたかったよね」
耀がぼそっと言った。
「あのさ…それなんだけどさ」
椿が身を乗り出した。
「コレなんかどう?」
椿が出してきたのは前に文化祭用にメンバーで話し合って作ったものの、なぜか演奏しなかった『海へ』という曲である。
「確かに何かクサい気もしたから、あのときはボツになったんだけど、今ならいいかなって」
椿がアコースティックギターで弾き語ってみると、
「…うちはコレ、好きだけどな」
だが結論は出ないまま、この日は過ぎた。
四日目の準々決勝リーグ最終日。
午後から江別工業のファクトリーガールズが出る──というので、メンバー全員でカナケンの大ホールへと来た。
グループHはグループCと違って、常連校は桃原高校の一校だけで、
〈ファクトリーガールズ〉江別工業高校【北海道】
〈レッドソルト〉赤穂商業高校【兵庫】
〈サンセットピーチ〉
〈マーキュリー〉駒ヶ根商業高校【長野】
初出場が三校というグループになっていた。
「これなら葵ちゃん2位通過じゃないかな」
客席で何気なく予想をしていたのはすず香である。
しかし。
「番狂わせあるんだよね、こういうときって」
すでに調べ上げていた明日海だけは、違う見方をしていた。
明日海の分析では、
「駒ヶ根商業のマーキュリーの阿久津
吉田葵といい勝負かな──との由で、
「あとは細かいところでの投票になると思う」
という解析である。
客席が暗転すると、司会の進行によるパフォーマンス開始である。
一校目の桃原高校から赤穂商業、江別工業のあと最後に駒ヶ根商業という順番で演奏が行なわれ、その後は他のグループリーグと同じく投票で結果が決まる。
「これで江別が出たら初の北海道二校通過になるんだけどね」
それはそれで良いように明日海には思われたらしかった。
三校目の江別工業・ファクトリーガールズの出番である。
吉田葵が出てきた。
一瞬の
「…葵っ!」
一人の男が突然ステージによじ登り、葵めがけて駆け寄って抱きついてきた。
すぐさま館内の警備員が男を羽交い締めにし、舞台から引きずり出したのであるが、吉田葵は震えたままその場に座り込んで立ち上がることができず、結局歌うことなくステージから下がった。
ほどなく館内アナウンスで、
「江別工業・ファクトリーガールズは、さきほど棄権を表明しました」
これには観客席から、悲鳴すら上がった。
休憩時間に入って、慶子が控室に行ってみると、
「ファクトリーガールズの皆さんは先に帰られました」
答えたのは最後に歌った、駒ヶ根商業の阿久津瞳子であった。
「葵ちゃん、何かすごくショックだったみたいで…ずっと泣いてて、最後は係の人に肩を借りて帰られました」
ついでながら阿久津瞳子は吉田葵と並んで今大会注目のボーカルと呼び声が高く、彼女を目当てに音楽会社のスカウト担当が何人か来ていたほどである。
「でも彼女は二年生だから、まだ来年がある。今回は気の毒なことになったけど、今度は彼女の歌が聴きたいな」
三年生の阿久津瞳子も、心配はしていたようである。
その夜。
天王町のロサ・ルゴサの宿舎を、吉田葵が訪ねてきた。
「…急にどうしたの?」
慶子が応対したのであるが、
「何か…今日はみっともないとこ見せちゃって」
葵は深々と頭を下げたまま、しかし嗚咽を漏らしていた。
「吉田さん…いや、葵ちゃん」
慶子は葵の肩に触れた。
「あれは仕方ないって。それとね、これは駒ヶ根商業の阿久津さんからのメッセージなんだけど」
そういうと「あなたは二年生だからまだ来年がある」と、阿久津瞳子からのそのままの言葉を伝えた。
「…東久保さん、ありがと」
ようやく葵は頭を上げた。
「阿久津さん、三年生だから今回が最後のスクバンで、だから葵ちゃんと正面から対戦したかったって残念がってた」
「東久保さんには、しばらく頭が上がらないかも」
初めて慶子の前で葵は笑ってみせた。
葵は制服のポケットから御守を出すと慶子に手渡し、
「これ…江別の私の学校の近くにある天神様の御守なんだけど、あなたに託すね」
「えっ…?」
「だってあなた…道産子でしょ?」
どうやら葵のぶんまで頑張れ、というようなことらしい。
「…わかった、ありがとう。どこまでできるか分からないけど、できるだけのことはやってみるね」
最後に深くお辞儀をして葵が帰って行く、駅へつながる角を曲がって消えるまで、慶子は無言のまま見送っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます