28 理由

 慶子が控室に戻ると、


「…ノンタン部長、吉田葵になんか言われたんですか?」


 明日海がさり気なく、近寄ってきた。


「まぁね、ちょっとだけ」


 慶子は受け流そうとした。


「…あの吉田葵って早口だし声小さいし、オマケに愛想悪いから、完全に陰キャラっぽく見えますよね?」


 明日海が思わぬことを言ったので、


「どういうこと?」


「あの子もともと関西の生まれで、関西弁で昔イジられてイジメに遭ったから、あんな感じになったって…」


 情報源は、明日海がたまたまカナケンのそばにあるコンビニへ買い物に出たときに聞いた話からであった。





 明日海には人見知りというものが皆無であるらしく、


「あ、神居別高校の三浦明日海さんですよね?」


 見た目もスラッとしているところから、女子からの人気が高く、声をかけられることも間々ある。


「もしかして写真?」


 明日海はそんなとき、断わらずに一緒に撮影をする。


 このときもコンビニの前で和歌山学院大学高校の女子生徒たちとの写真撮影に応じていた際、


「さっき会場に江別工業の吉田葵ちゃんいましたけど、知り合いですか?」


 ありていに明日海は、


「北海道予選で見かけたぐらいかな?」


 明日海にしても、こんなところで嘘をついても始まらないと思ったのか、ありのまま答えた。





 すると和歌山学院大学高校の女子学生から、


「あー…」


 何とも奇妙な返事が返ってきた。


「なんで?」


「いや…昔あんな子やなかったんやけどなぁって」


 和歌山学院大学高校には付属中学があり、大阪の梅女うめじょこと梅森うめのもり女学院の付属中学との定期交流会がある。


「葵ちゃん、親が離婚して梅女から転校したのは聞いてたんですけど…まさか北海道の学校に行ってたなんて知らなくて」


 どうやら他校にまで知られた存在であったらしい。


 慶子の知る限り、あれだけのスタイルとビジュアルで、目立つなと言うほうに無理があるであろう。


 そこで慶子は初めて納得したようで、


「なるほど…あれは要は武装してたってことね」


 腑に落ちた顔をした。




 結果は、スクリーンに一度に発表される。


 席に戻ると、


「…勝てるかな?」


「やるだけやったんだから、悔いなんかないです」


 耀は述べた。


「いつも松浦先生が言ってるじゃないですか。基本に忠実にパフォーマンスをすれば、ボロ負けすることはないって」


 そういうところは、やはり甲子園球児であった経験から来るものなのであろう。


「それでは、準々決勝リーグCグループの結果を発表します!」


 司会の声とともに、ドラムロールが鳴り始めた。





 ドラムロールが止まった。


「準々決勝リーグ突破は神居別高校、和泉橋女子高校の二校です!」


 見ると一位通過であった。


  1位 〈ロサ・ルゴサ〉神居別高校

  2位 〈AMUSE〉和泉橋女子高校

  3位 〈アサルム〉和歌山学院大学高校

  4位 〈シトラス〉松山外国語大学高校


 会場ではどよめきが起こっていた。


「…うちらが一位なのが、よっぽどサプライズみたいな感じなんだろうね」


 平素のクールなすず香に戻っていた。


 ところが慶子は隣で浮かない顔をしており、それはリーグ突破のバンドの部長のインタビューがある──というところに、気鬱になっていたのである。


 さらに。


 準決勝リーグの抽選は部長が引くことになっており、くじ運のない慶子はそれすらも気が重くなっていた。






 インタビューは通路脇のスペースで、ぶら下がり会見のような形で始まった。


「準々決勝リーグCグループ一位通過、神居別高校ロサ・ルゴサの東久保慶子けいこ部長にお話を伺います」


「あの…非常に言いにくいんですけど…ケイコじゃなくてノリコです」


 慶子は小さく指摘した。


 司会はえらく恐縮したようで、


「大変失礼いたしました。改めまして東久保慶子のりこ部長にお話を伺います」


「はい」


「初出場でまず準々決勝リーグ突破、おめでとうございます。どんなところが通過につながったと思われますか?」


 慶子はしばし考えてから、


「コレは人から言われたんですけど、変に勝ちたいとか力んでないところなのかなって思います」


「それはどんなところですか?」


「勝ちたいとか思うと、ガチガチになっちゃうと思うんですけど、私たちは初出場で失うものがないので、もしかしたらそれが強みなのかなって思います」


 抽選も、またCグループとなった。


「どこのバンドが来ても弱いバンドはないので、これからも私たちロサ・ルゴサらしいパフォーマンスで、頑張っていきたいと思います」


 慶子はインタビューを無事こなした。





 初出場バンドの初戦突破は実に五年ぶりで、そのときの初戦突破を果たしたのが、奇しくもその年に優勝した和泉橋女子高校である。


 余話ながらその当時のAMUSEのメンバーはのちにメジャーデビューを果たし、当時のメンバーたちの活躍をモデルに描かれたアニメが放送され、それがのちのスクールバンドブームの火付け役になった。


 一方で。


 神居別高校の一位突破は小さく伝えられただけで、


「まぁ、うちらは別に」


 どこか楽しんでいるフシさえ、椿や明日海にはあったらしく、


「だって次は似島にのしま高校だよ?」


 準決勝リーグCグループには、毎回決勝まで勝ち上がる似島高校の〈玲瓏〉というガールズバンドがいる。


 ちなみにCグループは、


  〈玲瓏〉似島高校

  〈ロサ・ルゴサ〉神居別高校


 あとは明日と明後日の準々決勝リーグの勝ち上がり次第で決まる…という段階である。


 さすがに対策の打ちようがないと感じたものか、


「とりあえずお腹空いたからさ、中華街あたりで小籠包でも食べに行こうよ」


 すでに空腹気味の明日海が提起したので、メンバーは松浦先生がリサーチした、中華街の点心屋へ向かうこととなった。






 ロビーから外へ出ると、


「ノンタン!」


 どこかで聞き覚えのある声がするので、声のする方へ向くと、そこには美優がいた。


「美優先輩!」


「ネットで結果見たよ。すごいね、一位通過したんだね」


 そういえば美優は横浜の女子大学に在籍している。


「次は?」


「Cグループだけど、まだ対戦相手が分からなくて」


「そっかぁ…その日うちゼミあるから、決勝なら見に行けるかも」


「…それって、決勝まで勝てってことですか?」


「まぁ、そうとも言うよね」


 美優はイタズラっぽく笑ってみせてから、


「確か3位でもチャレンジカードで3位のバンドから上位二校は入るはずだから、頑張れば決勝に行けるよ」


「チャレンジカード?」


 聞いたことのない単語に慶子は一瞬、顔が固まった。




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