27 開戦
準々決勝リーグCグループは、二日目の午前十時開始であった。
まずは四校が順番に演奏し、インターネットの投票機能を使った投票で順位を決め、上位二校が準決勝リーグへと進むことができる──というシステムで、なお演奏順は公正を期すため、当日の朝にくじ引きで決められる。
「三番目がいちばんプレッシャーないから、三番目引いてきてね」
とすず香に言われたのだが、慶子が引いたのは四番目であった。
「ほんとノンタンったら、こういう大事な場面で運がないんだから…」
すず香にぶつぶつ文句をたれられてしまったものの、
「まぁ良いじゃないですかノンタン部長、残り物には福がありますから」
明日海は気にする様相もなかった。
そんな中、
「私はむしろ、トリで良かったかなって思う」
指摘したのは椿である。
「だってだいたい動画とかでバンドの雰囲気とかって、どんな感じかは分かるけど、最後ってことはうちらだけ動画に出さなかった隠し玉が使えるわけじゃん」
場数を踏んだ椿でないと、こうは言えまい。
「…椿ちゃん、マジで天才かも」
「それはね、すず香が冷静そうで冷静じゃないだけ」
気の強いところがあるすず香ではあるが、椿にだけは弱いらしい。
くじ引きで一番になった和歌山学院大学高校のアサルムで、正統派のサウンドを聴かせるのがバンドの伝統としてある。
「ギターのテクはかなり高いよね」
椿はギターの技術を一瞥しただけで見抜いた。
控室に備え付けられたモニターで眺めがら、メンバーはあらためて、スクバンの全国大会のレベルの高さを思い知らされた。
「これはコマッキーちゃんが言ってた通りだよね」
駒木根梓が語っていた、
──なかなか勝てないんだよね。
ということの意味が慶子は分かったようであった。
慶子はたまらず、
「大丈夫かなぁ」
不安を抱いたらしいが、
「ノンタン部長、なるようになりますって」
明日海は腹ごしらえに…とコンビニで買ったサンドイッチを平らげ、景気よくガビガビと麦茶を飲み干したあと、明るく言い切った。
「だいいち歌うのはピカで、ノンタン部長じゃないですから」
「…それをここで言う?!」
すず香が笑い出したので、全員がつられて笑い出した。
二校目の松山外国語大学高校のシトラスは留学生バンドで、全編英語の歌詞で歌われていたが、
「キーボード、三ヶ所ぐらいミスったね」
椿は聞き逃さなかった。
「打ち込みでイケるはずなのに、敢えてサウンド生にして失敗した例ってヤツかな」
あとから講評を見ると果たしてそのとおりで、結局のところ最終成績では最下位に沈んだ。
「でもさ…、うちらもミスは許されないって意味だもんねコレは」
椿の隣で譜面を見ていた耀が気づくと、
「ガチガチになるから言わないで」
すず香が少しピリピリし始めていたので、
「…!」
緊張をほぐそうとしたのか、明日海がすず香の背後から抱きついて、耳に息を軽く吹いてみせた。
思わずすず香は腰が抜け膝から崩れたが、
「すず香先輩、耳弱いですもんねー」
どこで知ったのか、明日海はしてやったりといった顔をしてみせたのであった。
変わって圧倒的であったのは、和泉橋女子高のAMUSEである。
洗練されたスタイルのバンドで、現役の女子高校生モデルでもあるギター担当でもあるボーカルの武藤
「ギター、スゴいなぁ…」
舞台裏でスタンバイ中の椿が口をあんぐりと開けるほど、華麗なギターのピックさばきを見せていた。
「…あんなのの後に出なきゃならないってだけで、もはや公開処刑だよね」
確かにAMUSEのあとに出ると負ける、というのは都市伝説のような話だが実際には戦果が示しており、
「やりづらい話だよねぇ」
口には出さないまでも、思っていたのは慶子だけではなかったはずである。
ところが明日海だけは、
「先輩たちは失敗体験しかないからそうなっちゃうんですよね」
気弱で自信のない気性であったはずの明日海だが、このときは妙に明るく振る舞っていた。
出番が来た。
いつものルーティーンで円陣を組み、気合いを入れ、舞台裏の通路でメンバーは、武藤小夜子とすれ違ったのだが、
「…何かいい女の香りがする」
小声で明日海がフッとささやいたのは、フローラルの柔軟剤と思しき匂いのことであるのかも知れなかった。
はからずもいい女という表現に椿やすず香は笑ってしまったのだが、
「案外これでリラックスできたかも」
慶子は耀を軽く小突いた。
「四番、北海道地区代表・神居別高校。ロサ・ルゴサ」
メンバー各自が所定の位置についた。
「それでは聴いてください。『闇を撃て!』」
耀のベースから演奏は始まった。
演奏が終わって、松浦先生が撮影した動画でチェックをしていると、
「お疲れ様です」
挨拶の声がしたので向き直ると、なぜか吉田葵がいた。
「吉田…さん?」
確か葵の江別工業はHグループで、準々決勝リーグ最終日の午後の出場のはずである。
「まさか変拍子でくるなんて、かなりギャンブルね」
慶子は葵が同学年であることを、菱島飛鳥から聞いて知っている。
「見に来てくれてたんですね。ありがとうございます」
慶子は礼を述べた。
葵は慶子を廊下へうながした。
「あなたは私が持たないものを持っているから、もしかしたら私は負けるかもしれない」
初めて葵から弱気な単語を聞いた。
「東久保さん、あなたは私にたった一つ勝っているところがある」
「…私にはあるとは思えないですけど」
「あなたは私と違って、勝ちたいと思ってない。でもそれはとても強いし、もしかしたら変に勝ちたいと思ってないから、強いのかも知れない」
言いたかったのはそれだけ──葵は颯爽と、慶子を置き去りにするようにサラリと立ち去った。
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