26 出征
全国大会への出発の日。
神居別の町では、有志による見送りが集まっていた。
「がんばってー!」
などと声援が飛ぶ中、メンバー五人と松浦先生が乗り、楽器を積み込んだ、町で用意したバスは校舎前を出発し、高速道路で千歳の飛行場まで到着した。
「意外と見送り多かったねー」
バスから降り、飛行機のチケットを手にした明日海は、自分たちが思ったより期待されていることに驚いていた。
「でもそれはプレッシャーじゃなく、私たちの原動力になるかも知れないって思う」
耀は述べた。
「まぁ、おらが町のヒロインやからね」
松浦先生は語り始めた。
「ワイも地元の小さな島の小さな高校やったから、何か気持ちは分からんでもない」
隠すような話でもないけど、というと、
「まあ、田舎の小さな高校から全国大会に出たりすると、向こうで卒業生とかが集まって来たりするし、アイデンティティの再確認みたいな感じになんねん」
そうしたものは、都会で心細くなりがちなときには、暗闇の中の光のような希望のある存在になるらしい。
羽田空港から楽器の荷物共々メンバーが向かったのは、横浜の天王町の駅前の商店街にあったホテルである。
「何かビルだらけだね」
思わず耀はつぶやいた。
全道大会は日帰りで行ける札幌であったので、初の遠征となる。
慶子は前に涼太郎の試合を見に甲子園まで行った際、梅田のホテルに泊まったので、修学旅行のような感覚もなくはなかったが、
「でもさ、何か落ち着かないよね」
という明日海の気持ちも、理解できなくはなかった。
確かに札幌もビルはあるが、手稲や藻岩の山も近いし空も
「私たちの知らない世界って、知ったほうがいいのかどうか分からないよね」
ふとすず香が漏らした言葉は、女子高校生といういわば最強のポジションでありながら、脆さと危うさを孕んだ、諸刃の剣のような彼女たちの、ともすれば金的を射抜いた本心であるかも知れなかった。
翌日、会場のある関内まで下見をすることとなり、メンバーは松浦先生と共に根岸線に乗り関内駅で降り、横浜スタジアムの杜を切れ切れの通り越しに眺めながら、山下公園の近くにある、神奈川県民ホールまで来た。
ついでながら全国大会は約十日間の日程である。
準々決勝リーグが四日間に分けて行なわれ、休養日を挟んで準決勝リーグは二日に分けて開催、さらに予備日を挟んで決勝戦…という運びとなる。
毎日八チームほど最大で演奏されるが、ハマスタは決勝戦だけである。
準々決勝リーグと準決勝リーグはハマスタに近い神奈川県民ホール、通称カナケンの大ホールで行われ、観客はほとんどが卒業生や有志の応援となる。
当たり前ながら観客席に鳴り物を持ち込むのは禁止で、ただし決勝戦だけはメガホンのみ持ち込みが許される。
話を戻す。
そのとき、である。
「あの…
随分懐かしい単語が出たので思わず松浦先生が振り返ると、
「お久しぶりです。以前練習試合でお世話になった、姫路
「随分ご無沙汰してます」
どうやら、古い知り合いらしい。
「母校に赴任されていたのが、北海道の高校に移られたのは聞いてましたが…いやまさか奇遇ですね」
「まさかこんな場所で再会するとは」
「…もしかして、松浦先生スクバンの引率ですか?」
「もしや、藤澤先生もですか?」
「えぇまぁ。今回は和歌山学院大学高校の引率で来てまして」
対戦相手ではないか。
でもさすがは松浦先生ですね──と藤澤先生は、
「かつて離島の高校をベスト4まで導いたエースが、今度はスクバンで頂点を目指すというので、かなりの話題になっているんですよ」
「…そうでしたか」
ひとしきり世間話をしてから、藤澤先生とは別れた。
遠巻きに様子を見ていたメンバーたちの中ですず香は、その場でスマートフォンで「英賀高校 松浦勲」と検索をしてみた。
すると、
「甲子園の伝説──英賀旋風──」
という記事が出てきた。
そこには、
「兵庫県の離島・英賀島にある英賀高校。この小さな島の高校が、強豪私学ひしめく兵庫県大会を勝ち抜いて、兵庫代表として甲子園に出場したのは第73回大会」
このとき松浦先生こと松浦勲投手のいた英賀高校は初戦で千葉代表の舞ヶ浜高校を完封すると、前に涼太郎が打たれた茅ヶ崎学園を倒し、その後は沼津静陵、和歌山学院大学高と名だたる強豪私学を次々と豪腕でなぎ倒し、準決勝でその年優勝した華城高校に敗れるまで、華々しく勝ち進んだ経緯が書かれてあった。
記事の末尾には、こう記されてある。
「プロ野球からも注目されていた松浦投手はその後、忽然と野球の世界から姿を消し、現在は一般市民として兵庫県内で暮らしているという」
メンバーが初めて知ることばかりであった。
宿舎のホテルに戻ると、
「先生、ホントはスゴい人だったんですね」
「まぁ昔は、ちょっとだけやけどな」
それっきり松浦先生は過去にあまり触れなかったが、それでも経験値の高い松浦先生であったからこそ、普通なら舞い上がってしまいそうな事態でも、慌てることなく乗り切れたのかも分からなかった。
ところで。
和歌山学院大学高校のアサルムは、男子だけの編成のバンドである。
「スクバンの男女混成は、今年が最後だからね…」
慶子が言うその意味は、来年は十周年の記念大会で、記念大会を機にスクバンが男女別々の大会となることが、すでに発表されている──という事実であった。
ちなみに歴代優勝校は、
第1回 〈養教館軽音部〉
第2回 〈Flower Castle〉華城高【大阪】
第3回 〈軽音楽部〉宇和島商業高【愛媛】
第4回 〈アサルム〉和歌山学院大学高【和歌山】
第5回 〈AMUSE〉和泉橋女子高【東京】
第6回 〈Saint Ihs〉聖イエズス学院高【長崎】
第7回 〈サイレント・ヒルズ〉沼津静陵高【静岡】
第8回 〈team technica〉茅ヶ崎工業高【神奈川】
となっており、今回は地元でもある茅ヶ崎工業の連覇がかかる大会でもある。
「そりゃあさぁ、みんな優勝したくて出るんだもん」
明日海によると、特に華城高校のFlower Castleなどはその活躍が実写で映画化され、実際にFlower Castleはのちにメジャーデビューまで果たしている。
「花ちゃんが憧れた理由も、何か分からなくないなぁ」
ふと花の穏やかな表情が浮かんだらしく、すず香は泣きべそをかきそうになった。
ホテルの厚意で宴会場での練習の許可が出たので、夜には五人で集まって音合わせやチェックをすることになった。
「イントロの出だしをどうするかだよね…」
余談ながら『闇を撃て!』はキーボードとベースから同時に演奏が始まる。
花がいたときには、リズムをすず香が取りながら演奏を始めたので、すず香の隣にいた花は合わせやすかった。
ところが。
今はすず香の斜め前でセンターでボーカルでもある耀が、ベースを担当している。
「うーん…一小節だけベース弾いてからキーボード入れてみる?」
椿の提案で、耀が1フレーズだけ弾いて、すず香がキーボードを奏でてみた。
「これ、合わせやすいし案外カッコいいかも」
聴いていた慶子が賛同した。
アレンジを少しだけ変えてフルで演奏すると、
「そっか…最初からこうすれば簡単だったんだよ…」
今さらのように明日海が言った。
「でも準々決勝リーグ、美優先輩来るのかな?」
「来る連絡は来てたよ」
慶子がLINEで知らせてあったらしい。
準々決勝リーグの朝。
ホテルを早めに出ると、メンバーたちは楽器を手に移動し、少しだけ早めに会場のカナケンの前の交差点に着いた。
「いよいよだね」
「…うん、そだね」
すず香は慶子と顔を見合わせると、青信号を渡り切った先にあった通用口をくぐって、会場へと足を踏み入れた。
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