Episode4
25 発見
全道大会から戻って、梓から渡された強豪校マップを眺めながら、
「なんだか天下統一を目指す武将みたい」
その様子を見た明日海は、そのように例えたが、
「まぁ天下統一みたいなもんよね」
明日海の例えの上手さに、思わず慶子は噴き出してしまった。
「でもどこが相手でも、うちらはうちららしく演奏するしかないよね」
慶子は地図に目線を落とした。
この前の日の組み合わせ抽選で、準々決勝リーグの対戦メンバーが決まったのであるが、
──死のリーグ。
と世間からは呼ばれていた。
神居別高校はグループCに入ったのであるが、
【シトラス】松山外国語大学高校(愛媛)
【AMUSE】和泉橋女子高校(東京)
【アサルム】和歌山学院大学高校(和歌山)
どれも常連校で、特に優勝候補の和泉橋女子高校は東京のブロック予選から、ぶっちぎりの大差の投票数を得て勝ち上がってきた強豪であった。
「和泉橋女子って…確か花ちゃんがいた学校だよね」
返す返す「こんなときに花さえいてくれたら」と、このときほど慶子も強く思ったことはなかったらしい。
こうしたときに頼もしいのは明日海で、
「データ探してきたよー!」
と、スマートフォンで何やら検索した結果を、メモ機能にまとめ上げたものを、パソコンに繋いで見せた。
シトラスは留学生だけで編成された洋楽バンド、アサルムは男子だけのバンドで、どちらも初めて対戦する形式である。
「アサルムって葵って意味なんだ…」
思わず慶子は、すれ違った際に見た吉田葵の顔が浮かんだ。
「ハマスタに進むと、それなりに大変なんだね」
梓に思わず漏らすと、
「だから頂点なかなか取れないんだけどさ」
そういえば北海道から優勝校はまだ出ていない。
「私は個人的には、ロサ・ルゴサに取ってほしいな」
やっぱり同じ北海道だし道産子だもん──梓は言った。
神奈川での準々決勝リーグに向けて準備が始まると、
「ちょっと探しものが…」
椿のピックケースがない、というので、耀や明日海も手伝っての部室での捜索が始まった。
作詞ノートや作曲の楽譜本、いつだか失くしたはずのシャープペンシルに髪留めなどが出てくる中、
「…なんか花ちゃんのノート出てきた」
明らかに花の筆跡と分かる文字のノートを、耀が手に取った。
「花ちゃん、かなり美文字だったんだよねぇ…」
ついでながら花は字が美しいので、手書きの案内などを作成するときには、いつも花が清書していた。
出てきたのは花の作詞ノートであった。
たくさんのフレーズが書かれ、中には歌詞らしき形に整えられたものすらある。
歌詞ノートの中には、
ひとつぶの種は未来へのカプセル
詰まった夢を共に育ててゆこう
という歌詞があった。
「花ちゃん、こんな前向きな歌詞書いてたんだ…」
花が一人で作詞をしたり作曲をしたりしたナンバーは、意外なことに数が少ない。
そうした中での、花の詞である。
「これさ、明日海まとめられる?」
椿は時たま、途方もない思いつきをすることがある。
花の楽譜本の中に、歌詞のない曲もあった。
「曲は…これ使えるかな?」
椿が二、三日ばかりアコースティックギターでアレンジしたメロディーに、明日海が花の歌詞ノートからつなぎ合わせた歌詞を合わせてみると、
「…これさ、なんか良くない?」
三人とも気に入ったのか、
「これはさ、花ちゃんの作品としてちゃんと世に遺そうよ」
という考えで三人は一致した。
週末。
「ね、ノンタン。こんなの出てきたんだけど」
花の作詞ノートを取り出すと、
「それで花ちゃんが書いたメロディーもあったから、それで合わせてみたんだよね」
慶子とすず香の前で三人が弾いたのは、まだ仮タイトルで「カプセル」とつけられただけの例の曲であった。
「どう?」
弾き終わると椿は問うてみた。
「…花ちゃんらしい明るい曲だよね」
「で、今からだとスケジュール厳しいけど、準々決勝リーグでこれ歌えないかなって」
しかし、すでに美優が作った『闇を撃て!』でエントリーも出してしまっている。
「…じゃあ、準決勝リーグだったら?」
すず香が投げ掛けると、
「準決勝なら間に合うかも」
いわゆる妥協案としてではあったが、準決勝リーグで花の遺作は発表する方向で決まった。
変拍子の『闇を撃て!』の確認を兼ねたリハーサルを終わらせた夜、五人のメンバーは詰めのミーティングを兼ねて、学校で泊まり込みの合宿をすることになった。
テーブルを囲んでカレーを食べながら、
「ね、私たちってさ…何のためにバンドしてるんだろ?」
ふと尋ねてきたのは慶子である。
「そりゃスクバン勝つために決まってるじゃん、ノンタン今さら何を言ってるの?」
椿の答に慶子は、
「そうじゃなくて。椿ちゃんは自分のため? それとも…すず香のため? 花ちゃんのため?」
「それは…」
椿は言葉に窮した。
「じゃあノンタンは?」
すず香が訊いた。
「私は…みんなのためかな。例えば、飛鳥ちゃんとかあかりとか、あとは星原くんとかコマッキーとか、杏樹先輩とかもそう」
みなが首を傾げた。
「すず香に連れられて、私なんかはバンド始めた訳だけど、ドラムなんか未経験だったし、分からないことだらけだし…そんなときにメグ部長とか美優先輩とか、それこそすず香や椿ちゃんも、花ちゃんもそうだし、ピカちゃんや明日海も、ここにいるみんなだけじゃなく、いろんな人に助けられて、こうしてハマスタに出るとこまで来た」
誰もがうなずいた。
慶子は、語り続けた。
「カリスマ性もないし、大した技術も強みもないのにみんなが助けてくれたから、私はみんなのためにドラムを叩こうって決めてるんだ」
「ノンタンらしいな」
「だから、自分でどうのこうのしたいとかって野望じみたものはないけど、もっと少しでも長く一緒にバンドやっていたいし、ここにいるメンバーとずっと活動していたいってのはあるかな」
あまり本心を言わない慶子が、初めて言った本音かも知れない。
夜が、更けた。
部室でミーティングをしたあと、畳敷きのレクリエーション室で布団を敷いて五人で、疲れたのかいつもより早い眠りについた。
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