24 喧噪

 結果発表まで時間が少し空いたメンバーは、めいめいに化粧室へ行ったり自販機に行ったりしていた。


 慶子が化粧室で髪を直していると、さっきの吉田葵と再び遭遇した。


「…あんな飛び道具があるとは思わなかった。それにしても、その亡くなったメンバーって子はきっと、みんなに好かれてたんでしょうね」


 葵は鏡越しに言うと、


「でも、ハマスタでは絶対あなた達には負けないから」


 慶子が言葉を返す間も与えずに立ち去った。





 そこへ。


「ノンタン」


 入れ違いに入ってきたのは、菱島飛鳥である。


「さっきの子って…江別工業の子だよね?」


「そう、江別工業のボーカルの吉田葵」


「…あの子さ、歌は上手いけどあんまり評判は良くないんだよね」


「そうなんだ?」


「私の友達の彼氏が江別工業で、彼女と同じ窯業ようぎょう科なんだけど、ツンケンしてるからクラスでも彼女だけ浮いてるって言ってて」


 実習でコンビを組まなければならないときに吉田葵と誰も組みたがらず、結局は同じ科の違うクラスの生徒と組む羽目になった──という話を飛鳥は述べた。


「多分あの子、ああやって気を張らなきゃならない何かがあるような気がする」


 慶子と飛鳥は、そこは意見が一致した。




 控室に戻ると、入口に高梨あかりと星原涼太郎がいた。


「あかり、見ててくれたんだ? 星原くんもありがとう」


 慶子は笑顔で挨拶をした。


「…多分、東久保は全国行けると思う。俺は信じてるよ」


「ありがとう、でも結果は分からないよ。だって江別工業のパフォーマンス見た?」


 ファクトリーガールズのパフォーマンスを見たら、さすがに首位通過はないと慶子は見ていたのである。


「まぁでも2位通過でも、ハマスタ行ければいいかなって」


 そこは拘っていなかったのも、慶子の偽らざるところであろう。


「とりあえず、やれるだけのことはやったから、あとは結果は信じるしかないし」


「そだね」


 館内アナウンスが聞こえた。


「それじゃ後でね」


 あかりと涼太郎は客席へ戻っていった。





 結果は小樽でのブロック予選と同じく大画面で出される。


 5位までには入ってなかったので、少なくともダメ金は取れたらしい。


「これが心臓に悪くてさ…」


 心配性の明日海にはしんどかったようである。


「それでは、上位金賞4校を発表します!」


 ドラムロールが鳴った。


 みな沈黙の中、暗転した会場で目をつぶって祈った。


 歓声がした。


「ノンタン、やったよ! ハマスタ行けるよ!」


 椿の声が聞こえたので慶子が目を開けると、驚くべきことに大差で首位通過を果たしていたのである。


 2位は江別工業、3位が聖ヨハネ学園函館、4位は同じ後志ブロックから来たニセコ学院であった。


「今年は二校とも、初出場校となります!」


 司会の声が歓喜の声にかき消されそうになっていた。


「ノンタン…やったよ、花ちゃんをハマスタに連れていけるよ」


 全員、花の写真を胸の内側のポケットに忍ばせてある。


「花ちゃん、やったよ…うぅー…うわあぁーん…」


 一番派手に泣いていたのは、日頃ほとんどこんな人目のある場所ではめったに泣かない椿であった。




 表彰式で慶子が優勝旗、すず香が優勝楯をそれぞれ受け取った。


「凄いね…ノンタン全国大会だよ」


 客席であかりと飛鳥が感涙を流していると、


「…俺も、また甲子園行く」


「星原くん…」


「今度こそ、東久保のために勝つ」


 涼太郎は例の、松浦先生から教わった決め球のスライダーを極める決意を胸中、固めていたらしかった。




 大会の撤収で外へ出ると、濡れた路面の上には夕陽が輝き、虹まで出ている。


「おめでとう、見たよ」


 メンバーが出会ったのは、意外なことに制服姿の熊谷杏樹であった。


「あなた達には感謝しなきゃいけないから」


 深々と礼をした。


「私ね…今月いっぱいで転校するんだ」


 熊谷杏樹の父親が小樽の鉄道公団の事務所にいるのは、慶子やすず香も知っていたが、


「今度、父親の転勤で大阪に行くんだ」


 だから会えなくなる前にお礼を言いたかった──杏樹は涙の跡を笑顔で隠した。


「みんな…ありがとね」


「こちらこそ」


 慶子は深くお辞儀をした。


 杏樹は再び礼をすると、振り向くことなく地下鉄の階段へと消えていった。




 週が明けると、神居別の町は大騒ぎとなっていた。


「現役女子高校生バンドが全国大会に進出」


 という話題は、人口が約二万人足らずの小さな町では、大きなニュースである。


 耀の実家のライブハウスはちょっとした名所となり、慶子の木工所に至っては端材で作った、メンバーやロサ・ルゴサの名前、それにちなんだハマナスの焼き印を捺した木札がみやげ物として売れ始めた。


 特に人気が高かったのは、スラリとしたスタイルでサックスを華麗に吹く明日海のグッズで、


 ──三浦明日海は俺の嫁。


 というハッシュタグがつくほどであった。





 ところが。


 当事者であるロサ・ルゴサのメンバーは、過熱していく町での騒ぎっぷりにいささか当惑していたようで、


「だって全道大会は勝ったけど、ハマスタは準々決勝リーグあるし」


 全国大会の仕組みは、まず全三十二校を組み合わせ抽選で八つのリーグに分け、その準々決勝リーグの上位二校だけで次の準決勝リーグに進み、さらに上位二校ずつの八校で決勝戦を戦う。


 つまりリーグは、二位通過が最低限の絶対条件となる。


 しかも。


 組み合わせ抽選は、大会の運営団体でもある組織委員会が中継で行う。


「初戦でどこと当たるか分からないし、少なくとも三曲の未発表曲を用意しなきゃならない」


 という椿の見立てに、すず香も慶子も頭を抱えた。


 その点、曲はすでにいくつか候補もあって、それは何とかクリアできていた。


 問題はどこと当たるか。


 さらに、どれを歌うかである。


 そこで参考資料として出てくるのが、前に梓からもたらされた全国の強豪校を記したマップであった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る