23 遭遇

 全道大会の朝。


 学校に停まったマイクロバスにメンバーと松浦先生で楽器を積み込み、いよいよ出発時間が近づいた頃、自転車で坂を駆け上がってきた人影がいた。


「…あかり?」


 よく見ると高梨あかりで、背中には何やらケースを背負っている。


「椿ちゃーんっ!」


 椿は思わず振り返った。


「見送りに来たよー!」


 背負っていたのは、あかりが吹奏楽部の頃に吹いていたトランペットである。


「あとで会場に行くね」


「ありがと」


「あと、飛鳥ちゃんと星原くんも連れて行くから」


 地区大会で敗退していたので、野球部は時間が取れたらしい。


 そう言うと、あかりはトランペットを取り出した。





 全員バスに乗り込むと、


「ロサ・ルゴサ、行きます!」


 あかりがソロで吹き始めたのは「UNICORN」というアニメの中の曲である。


 ──前に吹奏楽でソロパート吹いたことがあってさ。


 あかりはのちにそう述懐しているのであるが、このとき朝日の輝きの中ソロで奏でられる勇ましいメロディーに、


「あかり…」


「花ちゃんがいなくなったから、きっと気にしてたんだよ」


 すず香は何かを思い出して、たまらなかったのか、顔を覆って泣いていた。


「すず香は感受性強いからなぁ」


 慶子はすず香の髪を軽くなでた。


「…みんな、私たちのことを気にかけてくれてるんだよ」


 明日海はぽつりと言った。


「じゃあ、頑張らなくちゃね」


 耀は決意を新たにしたような顔をした。





 全道大会は場所が豊平公園の隣のきたえーるに変更となって初めての年であった。


 場所も広くなり、控室も広くなったが、


「音の響き具合いが分からないよね」


 椿の不安はそこにある。


「音が小さければ響かないし、大き過ぎても問題がある」


 それはリハーサルで調べるしかないのである。


 午前中のリハーサルで、明日海がサックスを思い切り吹いてみた。


「意外にちゃんと反射するから、神経質にならなくていいかも」


 脇で聴いていた椿が指摘した。


 今年からは全道大会の枠も二校増えて十八校になり、いわゆるダメ金も一つ増えた。


 それだけに、


「圧倒的なパフォーマンスで勝たないとダメってことだよね」


「…花ちゃんが見守ってくれてるから大丈夫」


 椿は明日海の不安を強く打ち消すように言った。




 控室も、前半組と後半組で二部屋に分かれていた。


 神居別高校は十八番目の大トリで、後半組のいちばん隅に割り当てられている。


「椿ちゃん、来たよー」


 見るとなぜか駒木根梓がいた。


「三出で出られない学校って、スタッフで駆り出されるから意外に忙しくて」


 しかし梓は、


「今年は札幌外語を破った江別工業がダークホースかも」


 と情報をもたらした。


「江別工業もガールズバンドの編成なんだけど、吉田あおいってボーカルの子がめっちゃ歌上手くて、それで外語も経済大も負けたみたい」


 これは入っていなかったトピックである。


「どうしよう…」


 不安がる明日海に、


「大丈夫、うちにはピカがいるし」


「あ、メグ先輩の妹だかってあの子?」


 梓は合宿で会食したのを思い出したようで、


「昔メグ先輩のベース、うちの学校で話題になってたからね」


 ライブハウスで鍛えられた耀の演奏の技術は、どうやらダテではなかったようである。




 一番目の夕張清水ケ丘高校から始まった前半戦で美幌農業高校がトップに立つと、


「みんないろいろやってきてるなぁ」


 衣装も美幌農業は、カラフルなツナギの衣装を着てポップな雰囲気で盛り上がっていたようである。


 後半戦はいきなり十校目の江別工業が出てきた。


 センターに立つ、髪の長い長身の美少女がどうやら吉田葵らしい。


「あれは舞台映えするわな。華があるなぁ」


 舞台裏で見ていた松浦先生が思わずささやいた。


 演奏が始まると、


「…これは、どエラいの出てきよった」


 明らかに歌唱力が、段違いに別格なのである。


「こいつプロか?」


 あとから分かったのは、吉田葵は中学時代にNHKののど自慢のファイナリストになった経験があった──ということであった。


 梓によると、


「それでうちの学校から推薦入学の話があったんだけど、私は公立で私学を倒したいから行かないって…」


 聞いた途端、慶子は頭がくらくらになりそうになった。




 江別工業のパフォーマンスが終わり、舞台袖で様子を見に来ていたロサ・ルゴサのメンバーに、吉田葵が近づいてきた。


「はじめまして。江別工業・ファクトリーガールズの吉田葵です」


 葵は礼儀正しくお辞儀をした。


「ロサ・ルゴサのみなさんですよね?」


「はい」


 部長の慶子が代表して握手を求めた。


「握手したら負けを認めることになるんで、申し訳ないですけど握手はしません」


 それより──と葵は言う。


「多分偵察に来たんでしょうけど、今頃そんなことやってるようじゃ私には勝てないと思うんで、棄権したほうが名誉のためですよ」


 それじゃ──一礼した葵は、気にするそぶりもなく立ち去った。


「…なんなのあの子は!」


「明日海、怒ったって仕方ないって」


 慶子がなだめた。


「何かね、一年生のときのすず香そっくり」


「…まぁあそこまで、変に突っ張って尖ってはなかったけど」


「あぁやって突っ張らないと、身が保たないんじゃないかな」


 慶子はむしろ冷静になっていたらしい。




 控室で楽譜の最終チェックをし、十七校目の佐呂間水産高校がスタンバイで出てロサ・ルゴサだけになると、


「いつもの円陣、行くよ!」


 五人で円陣を組むと、


「ロサ・ルゴサーっ、ファイトーっ!」


 肩を組んで気持ちを高めた。


 再び舞台袖に来ると、十六校目の聖ヨハネ学園函館高校のメンバーとすれ違った。


 このときには葵のような緊迫感はなく、


「ロサ・ルゴサの長橋すず香さんですよね? 写真お願いしていいですか?」


 などと、ちょっとした撮影会のような状態となり、リラックスした空気になった。





「十八番、神居別高校。ロサ・ルゴサ」


 アナウンスとともにメンバーが出ると、スタンバイのあと耀がマイクを手に、静かに語り始めた。


「演奏の前に少しだけ話したいことがあります」


 それまで賑やかであった客席は、打って変わって静謐になった。


「私たちの大事な仲間でもあるメンバーが、約一ヶ月前みずから命を絶ちました。私たちにとってかけがえのなかったそのメンバーは、経済的な理由で学校生活を諦めるかどうか悩んで、最期はみずから命を絶つという選択をせざるを得ませんでした。今日はその大切な仲間のために、みんなで想いを馳せながら、そのメンバーが作詞作曲に参加して遺してくれた曲を披露したいと思います。──それでは聴いて下さい、『空は嘘をつく』」


 やや静寂のあと、すず香のキーボードからイントロダクションは始まった。




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