20 親友

 投票結果の発表が始まった。


 どうやら今年から少し方法が変わり、上位三チームは大画面で一斉に発表という形となった。


「それでプロジェクタースクリーンがあったんだ…」


 慶子は自分の背後にスクリーンがあることの謎が解けて、納得した顔になった。


「それでは、結果の発表です!」


 ドラムロールが鳴った。


 ステージの大画面にランキングが載った。


 1位 神居別高校 ロサ・ルゴサ

 2位 ニセコ学院高校 アンヌプリ

 3位 比羅夫高校 音楽集団田村麻呂


 しかし二位とは僅差で、ブッチギリのトップ通過とは言い難い数字であった。


「アンヌプリ、ドラムがかっこよかったもんね」


 慶子は負けは負けと、そこは素直に認めるところがある。




 とりあえずブロック予選は通過し、花も退院していつもの夏休みが始まると、


「今回はさすがに合宿しなきゃだめかな」


 という話を聞いた松浦先生が奔走して、札幌の旅館を借りての合宿が行なわれることとなった。


「畳だし和風だし、何か修学旅行みたい」


 すず香は率直な感想を述べた。


 旅館は発寒中央の駅前にあり、買い物は踏切を渡ってすぐのスーパーマーケットで済むし、反対側には少し歩けばコンビニエンスストアもある。


「踏切の先に、穆陵高校の寮があるんだって」


 まだ共学化になる前のライラック女学院時代に、越境入学組のために作られた寮があるのだ…と椿はいうのである。


「例の梓ちゃんは?」


 すず香はこま木根きね梓のことを訊いてきた。


「コマッキーは道内組で確か実家は苫小牧だから、札幌から遠いよ」


 駒木根だからコマッキーというあだ名らしい。


「椿は?」


「私は普通に椿とか、御堂澤とか」


 すず香だって普通にすず香じゃん…と椿は返した。





 合宿は毎日午前中は宿題を片付け、ランチのあとは午後から踏切の向かいにあった地区センターの体育館で走り込みや階段での体力トレーニングをし、休憩を挟んで夕飯後に楽器の練習…というメニューである。


 週末は楽器練習の代わりに他校の映像で研究し、ミーティングをしたりする。


 神居別高校は基本的に成績がオール2を切ると部活動は停止され、補習授業に行かされるので、


「まぁめんどくさいっちゃめんどくさいけど、部活できなくなるよりはマシだから」


 すず香に言わせるとそういうことであったらしい。


 唯一の自由時間があるのは土曜日で、このときだけは電車で札幌駅まで出て買い物をしたり、息抜きでゲームをしたり…といったぐらいのことは松浦先生も許していた。


 ──よく学びよく遊べ。


 というのが松浦先生の方針で、遊びから学ぶものもある…といった基本的な理念が、どうも底にあったようである。





 そんな週末。


「こんにちはー、椿ちゃんいますか?」


 旅館を訪ねてきたのは、駒木根梓であった。


 椿はあまりいい顔をしなかった。


「…偵察?」


 梓は笑い出した。


「そんな、偵察だなんて…椿ちゃんが札幌にいるって、あかりが教えてくれたから」


 高梨あかりとも繋がりはあるようである。


「うちの高校は今年は三出さんしゅつ制度で出られないから、スパイじみた偵察なんかしても役に立たないし」


 今年は強豪校が三出で休みという地区がかなりあって、予選からすでに、スクールバンドの世界は群雄割拠の戦国時代となっていた。


「だってさ、いつも優勝候補に上がるじょうも宇和島商業もいないんだよ?」


 華城は大阪、宇和島商業は愛媛のそれぞれ強豪校で、穆陵もライラック女学院時代ながら決勝で対戦したことがある。


「だから今年は、神居別だって上位に行けるかも知れないんだよ?」


 梓は冷静に分析していた。


 それとは別に、東海と九州は予選から強豪校が軒並み予選の段階から消えるという大波乱の展開となっており、


「あれだけスクールアイドルとかスクールバンドだとか出して強かった沼津静陵せいりょうだって静岡の県予選で負けて、ネットがかなりザワついたぐらいなんだし」


 沼津静陵が負けた話題はニュースサイトで取り上げられるほどの話柄にもなり、今年は優勝の本命が不在な中、どうなるか分からない…というので相当な盛り上がりを見せていたのである。




 それで、と話の輪にいた花は、


「じゃあ、全国的にはどこが強いの?」


 素朴な質問をした。


「それなんだけど、まぁこんな感じかな」


 梓が出したのはプリントアウトした日本地図に、梓の可愛らしい字で書き込まれた勢力図である。


 北海道から順に、


 北海道

  札幌外国語大学付属高校

  留萌商業高校

  神居別高校

 東北 

  致道館高校

  養賢堂大学付属高校

  会津女学院高校

  桜城大学米沢高校

 関東

  湘陵高校

  千代田学園高校

  茅ヶ崎工業高校

  二宮学園大学付属高校 

  音坂女子高校

 甲信越

  筑摩学院大学高校

  躑躅ヶ崎つつじがさき高校

  帝邦大学新潟高校

 東海北陸

  聖ヨハネ学園津島高校

  斎宮高校

  福井考古館高校

  沼津静陵高校

 近畿

  奈良体育大学高校

  赤穂商業高校

  華城高校

  時教館高校

  和歌山学院大学高校

 中国四国

  宇和島商業高校

  大社第一高校

  似島高校

  松山外国語大学高校

  靖章館高校

 九州沖縄

  宗像女学院高校

  聖イエズス学院高校

  藤崎台高校

  那覇女学館大学付属高校


 梓が書き出したのは、全国の強豪校であった。


「こんなに強いところがいっぱいあるんだ…」


 花とすず香が、思わず顔を見合わせた。




 梓に言わせると、


「この中でも県予選で負けた学校はあるから、他の知らない強豪校が出てくる可能性はあるって訳ね」


 これだけの分析をしなければならないのだから、目が回りそうになるではないか。


「でもどうして、こんな大事なデータを…?」


「うーん…椿ちゃんに返さなきゃならない借りがあるから、かな」


 あとは微笑むだけで梓ははぐらかしたが、どうやら中等部のときの何かしらの出来事が関わっているらしい──ということだけは、花にも察せられた。


 無論、椿は語らない。


 あとはおそらく高梨あかりなら何か知っているのかも知れないが、すぐに訊ける状況にはない。


 梓を囲んで夕飯を共にし、この日は梓と別れた。




 深夜、椿のスマートフォンへ梓から着信があった。


「もしもし…梓?」


「椿ちゃん、今日はありがと」


「いや、こっちこそありがとね」


「これで…少しは許してもらえるかなって」


「何を?」


「あのときのこと」


 椿は少しずつ記憶を手繰り寄せてみた。


「学校で椿ちゃんのギターがなくなったとき、私…焼却炉にギター入れられるの見ちゃったんだけど…言えなくてさ」


 中等部のとき、軽音楽部にいた椿のギターが大会の前に盗まれ、椿は責められて退部したことがあった。


 どうやらその時の話らしい。


「あの日、先輩に見たのをみつかって。それでチクったら金払ってもらうって脅されて…私も何も言えなかった」


 ごめんね、と言いながら梓は向こう側でシクシクと泣き出した。


「…梓、それは私は知ってたよ」


「…えっ」


 梓は思わず泣き止んだ。


「…てか、多分何か強請ゆすられてるかなんかで言えないんだろうなってのは、態度で分かってたよ」


 だから怒ってないよ、と椿は優しく述べた。


「私、馬鹿アズだ…椿ちゃん傷つけてばっかりで…」


「梓は何にも悪くなんかないよ」


 だから、もう泣いたり自分を責めたりしなくていいよ──椿は静かに諭した。




 合宿の最終日、梓からLINEが来た。


「椿ちゃん、全道頑張ってね!」


「梓、来年はお互いステージで会おうね」


 椿は帰りのバスの中で返信した。


「それにしても椿にそんな過去があったなんてねぇ…」


 すず香は音楽教室からの椿しか知らなかっただけにはじめこそ驚いたが、


「意外に優しいんじゃん」


 すず香は言った。


「とりあえず全道で歌うナンバーも決まったしね」


 全道大会ではすず香と耀が組んで作った『空は嘘をつく』が発表曲として決まった。


「次は花ちゃんいるから問題ないでしょ」


「そうやって気が緩むとまたダメ金になりますよ、すず香先輩」


 明日海に指摘されると、


「もぅ…明日海は心配性なんだから」


 そう言いながらも、すず香は気を引き締めていた。




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