19 時計

 取材は合計一週間ほどで終わり、その様子はスクバン公式ホームページの中の参加校を紹介するトピックで、動画として公開された。


 その中にはすず香と椿のセッションの動画もあって、


 ──何だかスゲえのがいるぞ。


 と、たちまち話題にのぼり、


「神居別高校の長橋すず香と御堂澤椿」


 といえばスクバンの世界では知る人ぞ知る存在となった。


 注目度があがったことによって、ロサ・ルゴサとしてもあちこちゲストに呼ばれるオファーも増えたのであるが、


「練習時間の確保が大変になってきたよね…」


 まして、椿は定時制で時間に限りもある。


 そこで音合わせの時間を深夜から早朝に移し、ライブは土日と祝日などに限定する──という方針に決まった。





 そうした中。


 例の父親の件のあと以降、花の様子が少し変わった。


「…花ちゃん、なんかどうかしたの?」


「だ、大丈夫だよ」


 ときおり焦点の定まらない眼差しで、ぼんやりとすることが増えたのである。


「もしかしたら、花ちゃんのパパのことかも知れない」


 何の気なしに椿が言った。


 が。


 花はほとんどプライベートを学校には持ち込まない性質であるらしく、


「うぅん、何ともないよ。多分ちょっと疲れたのかな」


 というぐらいで、メンバーの前ではむしろテンションを上げ気味にして過ごしていたぐらいであった。





 ところが。


 皆勤であった花が珍しく来なかったので、メンバーの中で最も家が近かった耀が花の家まで行ってみると、駐輪場の脇で自転車にもたれかかり、蒼白い顔でグッタリしている花を見つけた。


「花ちゃん…花ちゃん!!」


 かろうじて意識はあるし体温もあるが、ただ事ではない。


「すぐに救急車呼ぶね」


 スマートフォンを手に、耀は冷静に通報した。


 学校の近くにあった、花のかかりつけの病院で点滴を受け、気づくとメンバーが全員花の周りに集まっていた。


「…何か遭ったの?」


「花ちゃん、駐輪場で倒れてたんだよ」


 極度の疲労によるものらしかったのであるが、それにしては倒れるまで無理をしていた…というのが問題であったらしい。


「…でも、ブロック予選明後日だよね?!」


「お医者さんからは、一週間の加療だってさ」


 花は事態がわかると顔を覆って、絶望感からかシクシクと泣き始めてしまった。




 花は予選で頭がいっぱいであったらしく、


「だって…ベースいなきゃ、予選通過なんてできないじゃん」


 花はパニック状態に近いらしく、声が上ずっている。


「花ちゃん、ベースは私…弾けるんだよ」


 耀は静かに言った。


「お姉ちゃんほど上手くないけど、ブロック予選は私が花ちゃんの代わりに演奏する。それで必ず勝って、全道は一緒に弾こ?」


「ピカちゃん…」


 そういえば耀もメグの手ほどきを受けていたからか、ベースギターは多少だが弾ける。


「明後日は花ちゃんの分まで弾いてくるから」


 耀は、花を優しくハグしてみせた。




 花が倒れた一因は、祖母の介護である。


「だって…一人でおばあちゃんの面倒見て、学校来て、おまけにバンドもやるんだよ?」


 それは倒れるわ──すず香も帰路、それには同情した。


「けど、もしあのとき花ちゃんがパパと東京行ってたら、おばあちゃん一人で倒れてた可能性もある訳だよね?」


 慶子は花のバンド活動を休ませることを、考え始めていたらしかった。


「だけど…花ちゃんはやるだろうなぁ」


 よく一緒に練習をしていた明日海は、花の気質を理解している。


「…そのためにもさ、うちら五人で花ちゃんが帰って来られるように、勝ち残るしかないんだよ」


 耀は肚を据えたのか、


「勝って勝って、勝ちまくるしかない!」


 空元気を振り絞って、耀は笑顔を作ってみせた。




 ブロック予選は小樽で行なわれる。


 いよいよ明日は小樽へ向かうという夕方、LINEで耀は花に呼び出された。


「あのね…ピカちゃん」


 花は小さな懐中時計を耀に手渡した。


「これって…花ちゃんがいつもベースにぶら下げてる時計だよね?」


 花はベースのヘッドのペグに小さな時計を提げている。


「これを見たら、ピカちゃん緊張しなくなるかも知れないから」


「花ちゃん…」


「私ね、かなり無理してたんだなって。いつかこんな日が来るような気がしてた。でも誰も代わりがいないし、誰にも話せなかった」


「ごめんね、まったく気づかなくて…」


「いいの。でも分かった。みんながいるから、少しは甘えてもいいのかなって」


 だから明日は頑張ってね、と花は耀と握手を交わした。




 楽器とメンバーを乗せたマイクロバスは、松浦先生の運転で小樽の市民会館へ到着した。


 広い会議室にパーテーションで仕切られた楽屋は去年と変わらない。


 今年は去年までに三年連続で金賞を取った小樽学園大付属が三出さんしゅつ制度というルールで一年休みとなって欠場している。


「三年金賞取ったら休みになるなんて知らなかった」


 今年の後志ブロック予選は、神居別高校が一位通過の大本命と見られており、それだけにプレッシャーも半端ではない。


「御堂澤さん、一緒に写真いいですか?」


 などと他校のバンドメンバーから、撮影を求められたりもする。


「なんかさ、くすぐったいよね」


 特に今年は例の動画やら取材やらで注目度が高く、いつもと勝手が違う。


「何か大丈夫かなぁ…」


 慶子は細かく気にしていたようであったが、


「ロサ・ルゴサはロサ・ルゴサらしく一日一日を精一杯咲けばいいんだって、前に美優先輩も言ってたし」


 よく美優が口にしていた言葉である。




 ロサ・ルゴサの出番は今年は一番最後の九番目である。


 舞台の袖まで来ると、


「ワン、ツー、ロサ・ルゴサ!」


 円陣を組んだメンバーが気合いを入れた。


「九番、神居別高校。ロサ・ルゴサ」


 アナウンスがかかると、楽器を手に全員がスタンバイをする。


 耀はセンターでベースを弾く。


 ベースギターには、花から託された小さな時計がネックの先端に下がって揺れていた。


「それでは聞いてください、『雨に唄えたら』」


 椿のギターと耀のベースでイントロダクションが始まった。




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