18 取材

 文化祭当日。


 晴れて日の目を見ることとなった『雨に唄えたら』は、結論から記すと、予想以上の大きな反響があった。


 ポップでありながら、少し切な気なメロディーと、エッジのきいたサウンドが、ステージを見た在校生たちの気持ちを鷲掴みにしたからである。


 この盛り上がりを喜んだのは、作曲の杏樹だけではなかった。


「…これ、めちゃめちゃカッコいいよね」


 椿に呼ばれ、こっそり見に来ていたあかりは、体育館の後の隅で感極まって涙を流している。


 演奏が終わると、ロサ・ルゴサの校内での人気はスター並みのそれとなった。





 とりわけベースの花は背も高く、見た目もキリッとしていたところから、


 ──彼女になってください。


 と、後輩の女子生徒からラブレターをもらったりするほどの人気者となった。


 ベースの花の他は童顔のドラム・慶子、メガネをかけたお嬢さま風のキーボード・すず香、サックスを華麗に操るショートヘアの明日海、ネコ毛でクセ毛の小動物系ギター・椿、そしてメロディカを手にサイドテールを揺らすボーカル・耀。


 まるで個性の違う六人だが、それが却って強みになったらしく、文化祭での演奏の動画がエントリーチームのページにアップロードされると、急にランキングが3200番台から97位までジャンプアップし、


 ──急上昇中の注目バンド。


 としてスクバンの紹介動画に載るようになった。




 注目を集めるとスクバンの主催団体から、


 ──取材を受けてもらえないか。


 という依頼が学校に舞い込んできたので、松浦先生はメンバーに諮ってみると、


「これで入学希望者とか増えたら、もしかしたらラブライブみたいに学校を存続できますか?」


 という質問が、逆に返ってきた。


「それは教育委員会が決める話やからなぁ」


 それでも優勝したらさすがに廃校まではゆかんのちゃうか?──というのが、松浦先生の見立てである。


 田舎の公立高校は、どこでも同じように存続を危ぶまれており、それだけにスクールバンドとしてロサ・ルゴサの芸研部が注目されたことは、学校としても好機であったらしい。


「少なくとも芸研部は、日本で神居別高校にしかない」


 それが何より最大の武器である…と松浦先生はそう見ていた。


 とにかくも。


 取材が神居別高校の存続につながるのなら──そんな思いで、六人は承諾することにしたのである。





 取材初日。


 カメラを担いであらわれたスタッフの顔を見て、花は茫然とした。


「パパ…」


 明らかにハーフっぽい背の高いカメラマンが、何と花の離婚をした父親の金城きんじょう篤であったからである。


「花ちゃんのパパって、ハーフだったんだ…」


 慶子は驚きを隠さなかった。


「…なんで来たの」


 花は急に顔を曇らせた。


「まさか花がいるとは思わなかった」


 驚きは父の篤も、同じであったかも分からない。


 少しエキゾチックな風貌、スラリとした脚、そして長身…花は見れば見るほど、篤に似ていた。





 篤は部長である慶子へのインタビューを試みた。


「東久保部長、このバンドの最大の特徴はなんですか?」


 慶子はドギマギしながら、それでいて明快に答えた。


「うちの部はとにかく何かあれば、話し合うようにしています。サウンドを作るとき、メロディーラインを決めるとき、アレンジを加えるとき、歌詞を考えるとき…いつも、誰かと話し合って決めています。一人で放ったらかしってのはありません」


 それは先代のメグが部長になってから形成されたやり方で、トップダウンということはなく、意見をぶつけながらもまとめ上げてゆく。


「まぁ、たまたま私にカリスマ性がなくて、みんなで作り上げてゆくほうが好きで、だからこんなスタイルなのかも知れないですけど」


 慶子ははにかんでみせた。





 部員へのインタビューでは、


「うちは定時制のメンバーもいるからバラバラに見えますけど、でも実は結束力もあるにはあるんです。みんなこのバンドとこのメンバーが好きで、しかも得意の楽器もバラバラ。だけど一つになったときのパワーは半端じゃないんです」


 証言したのは耀で、発表曲を巡って少しもめた話を引き合いに出して、


「でも最終的には同じ目標があるから、ちゃんとまとまるんです」


 隣にいた明日海と、わざとワチャワチャふざけてみせた。


 しかし。


 すず香は特に著しく苛ついていたようで、


「ちょっと集中したいけど、メディアって集中させてもらえないんだね…」


 花も少しくピリついていたのだが、すず香はその比ではないほどで、


「ちょっとストレス発散に弾いていいですか?」


 カメラマンの篤が構える間もなくキーボードの前に座ると、


「椿、セッションする?」


「たまにはいいねー」


 二人で弾き始めたのはELPの『噴火』という曲である。





 メロディーラインを椿がギターで弾いて、すず香はクラシック仕込みの指さばきで激しく弾いていく。


 小柄でお世辞にも過激さのなさげなすず香が、まるで気でもふれたかのように髪質に恵まれた黒髪を振り乱し、キーボードを弾き、椿もそれに呼応するかのように盛り上げてギターを弾く姿は、


 ──一心不乱とはまさにこのこと。


 とのちに各方面から評されたほどであったが、本人にしてみれば、


「たまには何も考えずに無心で弾きたい」


 という発散そのものであったらしかった。


 弾き終わるとすず香は憑き物の取れたような顔で、


「あースッキリしたー」


 と、いつもの沈着でクールなすず香に戻った。




 取材のさなか、小さな出来事があった。


 花を篤が──父親であるから当たり前なのであるが──東京へ招くような話を出したのである。


 当然ながら、花は反撥した。


「せっかく友達も出来て、やっと穏やかに過ごせているのに…」


 大人の都合で子供を振り回すな、と言わんばかりの態度をあらわにした。


 これには慶子も、


「大事な予選前の時期に引き抜かれては、戦力ダウンは避けられない」


 と、日ごろはおとなしい慶子らしからぬ、部長として厳格な言動を示した。


 先の吹奏楽部との件もあったので、比較的穏やかに話したつもりであったらしいが、


 ──東久保部長は怒ると厄介なので。


 という噂話も手伝って、最終的に花は神居別に残ることで落着した…といういきさつである。


 当の慶子は、


「いや…だって当たり前でしょ?」


 実に平坦な物言いをしたが、


「ノンタンのおかげで、また孤独にならなくて済んだ」


 と花は、恩義に感じていたようである。



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