16 挌闘

 すず香と耀で作ったバラードナンバーは、慶子に詞を託されたのであるが、


「地味に難しいんだよね…」


 慶子はバラード曲の作詞は経験がなかったらしい。


 そこで慶子は花に相談をしてみた。


「この曲さ、花ちゃんならどんな歌詞をつける?」


 すると花はリュックサックから電子手帳を取り出し、


「とにかく思い浮かんだフレーズを書き出してみて、それから繋いだり膨らますしかないんじゃないかなぁ」


「それって、私が普段から歌詞書いてる手法じゃん」


「つまりみんな変わらないってこと。でも、何を思い浮かぶかが鍵なのかなって」


 花はとりあえず脳裡に浮かんだフレーズを書き出し始めた。





 花が書き出したのは「口笛」「下界」「陽だまり」「カモミールティー」「タオル」「ダイヤ」「映画」「サファイア」「ツインテール」「ルビィ」「くせ毛」「スーパーカブ」「彼女」「辞典」「都会」「横顔」「チューニング」「レストラン」などで、とりとめないの単語がいくつも並んでいた。


「なんだか色んなのを並べてるよねぇ」


「とにかく目についたものとか、それに関連するワードとかを片っ端から並べてみて、その中から選んでいくような…」


 まるで落語の三題さんだいばなしのようなやり方ながら、これがどうやら作詞には良いらしい。


「うち、おばあちゃん一緒に住んでるんだけど…おばあちゃんが、頭の体操だかって新聞のコーナーで読んだそれをずっとノートに書いてやってて。だから全然、頭の回転が今でも早くてさ」


 ついでながら花は、自宅に誰かを迎え入れたりはしない。


「ママが気難しくて…あんまり私の友達が来るのでさえ、マジでいい顔してなかったからさ」


 そのたびに花は、何やら申し訳なさそうに悲しげな顔をするので、


「別に気にしなくていいよ」


 と誰もが言うには言うのであるが、やはり気持ちの良いものではないということだけは、花も内心わかっていたらしい。





 花は慶子に、


「うちね…親の離婚で神居別に来たんだけど、ママは地元に戻るのがどうしても嫌だったみたいで、だからママだけ札幌に住んでて。だから私だけおばあちゃんといるんだけど…」


 聞くだけで複雑そうな環境ではあろう。


 それでも、


「おばあちゃんは私には『花は花の人生なんだから』って言ってくれて。だから、そうやって言ってくれる人のためにも頑張らなきゃなんないし、スクバンのことも詳しくはないけど、応援してくれてる」


 花は自分がどうのこうのというような欲望はなかったようで、


「少しでも頑張って、喜んでくれる人がいたらいいなって」


 このとき慶子は花には勝てない、と思ったらしい。





 ともあれ。


 何とか歌詞のような形には仕上がったので、タイトルは決めていなかったが、例のすず香と耀のバラードナンバーと合わせた形でのお披露目となった。


 作曲の才能がない、とみずから思っている椿にすれば、


 ──難なく弾ければいいや。


 というぐらいの話で、明日海にしても作詞や作曲はチャレンジして挫折したことがあっただけに、


「作曲とか作詞とか、クリエイティブな作業できるってだけで何か尊敬しちゃいます」


 と、明日海なんぞは目をキラキラさせていた。


 一同、聴いてみた。


「これはちょっと大人っぽい曲だよね」


 椿が初めに口を開いた。


「でも、スクバンのどのタイミングで繰り出すかだよね…」


 すず香は深い息をついた。





 スクバンのルールの中には、


 ①未発表のオリジナル曲であること。

 ②地区予選、全国大会の曲は別であること。


 という条項があり、前回の全道予選の際にも準備した全国大会用の曲はある。


「まぁ一曲はそれを回しとけば良いにしても、次がね…」


 さらに北海道予選は別にブロック予選があり、神居別高校のある後志ブロック予選用の曲も必要となる。


「要は不公平がないようにするってことらしいけど…潤沢に作れないとやっぱり厳しいよね」


 強豪校の中には作詞作曲をそれぞれ専門的に行なう専従班がある学校もあり、北海道地区の場合では穆陵高校と桜城大学岩見沢高校は、それぞれ専従班が置かれてあるほどであった。


 しかし。


「うちは何だかんだ言っても小さな高校だしねぇ…」


 六人とも、そこで頭を抱えてしまった。




 何も打開策が見つからないまま五月の連休が始まり、後志ブロック予選用にと、卒業した美優が前に作曲した『闇を撃て!』の音合わせが始まった。


 前に全道大会が決まった際に、全国大会用にと準備した曲である。


「美優先輩…五拍子なんてありえないんだけど」


 少なくとも慶子に言わせると、スクールバンドで演奏するようなレベルのリズムではない。


 しかし思い入れがあったのか、すず香が、


「これをこなせたら、間違いなく一位通過できる」


 といい、半ば強引に押し切るように選んだ曲でもある。


「こないだの『空は嘘をつく』でも良かったんじゃない?」


 思わず花が言ったのは、例のバラードナンバーのことである。


「あれは全国大会用にって言ったじゃん」


 作曲したすず香に言わせると、そういうことになる。


 松浦先生からは「まぁ最終エントリーまでは変更可能やから」と言い、連休明けまでに目処が立たなければという条件付きでではあったが、OKも出ていた。


 確かにメロディーラインは綺麗で、美優がサックスで吹いたデモテープの『闇を撃て!』は、メンバー全員も気に入ってはいる。


 それでも演奏となると話は別で、


「さすがに変拍子だとドラムが難しいし、レベル的には無理があるから、普通の四拍子のナンバーにしない?」


 という椿の冷静な忠告も、


「確かにドラムのノンタンには負荷がかるだろうけど、スクバンで勝ち抜くためには仕方ない」


 というすず香の主張の前には無力であった。




 このままではバンドがバラバラになって負けてしまう──椿は深夜、眠ないあまり高梨あかりに連絡を取った。


「うーん…」


 あかりはさすがに答えあぐねた。


「でさ、メンバーしか作詞作曲とかはできないの?」


「確か未発表のオリジナルなら、あとは他校とかプロの作詞でない限り、細かい制限はなかったはず」


 椿があらためてルールを確認すると果たしてそのとおりで、


「だから、例えば吹奏楽部の先生が作曲したものとかなら、おそらく大丈夫じゃないかなぁ」


 椿は答えた。


 それなら、とあかりは「未発表のオリジナルなら一曲だけ譜面がある」といい、しかしそこで言葉が詰まってしまった。


「杏樹先輩が作ったナンバーなんだよね…」


 椿は思わず、スマートフォンのフリック入力の手が止まった。


「あの熊谷杏樹?」


 例の応援のとき、芸研部が散々な目に遭わされた熊谷杏樹その人ではないか。




 あかりによると、


「杏樹先輩が文化祭用に前に作った曲なんだけど、吹部が演奏するにはポップ過ぎるからってボツになったのがあって、でも惜しいから私、譜面に起こして残しといたんだよね」


 との由である。


 あかりがパソコンソフトで打ち込んだ音源が送られてきたので椿が聴いてみると、確かにポップな雰囲気の曲ではある。


「でも…詞はないんだよね?」


「詞はないなぁ…でも、ノンタンなら書けるかも」


 慶子が作詞担当であることは、あかりもこの頃には知っていた。


「…とりあえず音源借りるね。もし進展して使うことになったら、あかりには話すね」


 この日は、それで話が着地した。


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