15 新勧

 ひと足早く、花と慶子が甲子園から帰ってきたので、練習が春休みながら再開したのであるが、


「私ってさ…そんなに誰かに好かれるような面ある人なのかなぁ?」


 慶子は何気なく、椿に問い掛けてみた。


「どちらかといえばノンタンは童顔だからね…可愛らしく見えるんじゃないかな?」


 椿は答えた。


「でもさ、優勝候補を相手にあれだけの試合をしたのはスゴいんだって松浦先生は言ってたし」


 すず香曰く、松浦先生の驚きようはただ事ではなかったようで、


「あれなら鍛え方次第で優勝も夢じゃないんだってさ」


 慶子は茫洋としたままであった。




 数日して、涼太郎が帰ってきた。


「あれだけのビッグマウス叩いといて、どのツラ下げて帰ってきたんだか」


 すず香のけなしようは半端でなかったが、


「でも飛鳥ちゃんが、仮にうちらがハマスタの決勝まで出たら、星原くん連れて見に行くって言ってるし…」


 花に言わせると、そういうものらしい。


 春休みが明けて新入生勧誘、いわゆる新勧が始まると、メグの妹である新入生の佐久間耀ひかりが入部することになった。


「お姉ちゃんがベースギターだったから、私はいつもキーボードとかパーカッションで」


 聞けばサポートメンバーとして、例の実家のライブハウスでドラムを叩いたりもしていたことがあり、


「叩きながらコーラスやったりもしたんで、一応ボーカルもできます」


 メグはベースは上手かったがハモれなかったので、ハモれるメンバーが新たに来たことはロサ・ルゴサにはプラスであった。


 耀は、もう一人の新入生を連れてきていた。


「私の中学のときの親友で、同じ新入生の三浦明日海あすみです」


 耀曰く、


「少しだけだけど、サックスが吹ける」


 という。


 奇遇にも編成は、メグや美優がいた時代と変わらない。




 さっそく新入生歓迎会を兼ねた、カラオケ大会が開かれることになり、


「佐久間耀、行きまーす!」


 と言うといきなり関根梓の「way of our life」を歌って93点を叩き出し、


「ピカちゃんはボーカル向きだね」


 明日海の一言で、センターボーカルは耀と決まった。


「ピカちゃんって呼ばれてるんだ?」


 花が問うた。


「明日海しかピカちゃんだなんて呼んでないですけどね」


耀ひかりだから、単にピカちゃんってつけて呼んでるだけなんですけど」


 美優とは逆の左側のサイドテールに結んで、レースリボンのバレッタをつけていた耀は、まさにピカというあだ名に符合した明るい雰囲気を持っていた。





 メンバーが新しくなって練習が本格的に始まると、


「明日海、ソロパートやってみる?」


 前に美優が吹いていたサックスのソロパートを吹くことになった。


「譜面見る?」


「あ、とりあえず耳コピからしてみます」


 明日海は耳コピから譜面で確かめてゆくという独自のスタイルで体得してゆくようである。


 音源を三十分ばかり聴き込んでから、


「…こんな感じかなぁ?」


 吹き始めると、あの美優の譜面どおりに吹くカッチリとしたサウンドをそっくり再現してみせたのである。


「あんた天才肌だねー」


 思わず椿は目を見張った。


「こんな子初めて見たわ」


 さすがに椿ですら、こんな変わり種は見たことも聞いたこともない。


 さらに譜面で確かめながら吹いてゆくと、今度は明日海のオリジナルアレンジの効いた音色に明らかに変わる。


「できるだけ基本に忠実な音源さえあれば、それをもとにアレンジしていけばいいだけのことなんで、まぁ何とかなるのかなって」


 これには日ごろは多少のことで動じないすず香ですら、


「スゴい子入ってきたなぁ」


 何やら途方もない新人が来た、というようなおもいを胸中にいだいたらしい。




 休憩時間に耀は、部室の隅にあった鍵盤ハーモニカを見つけると、


「うちにある37けんのメロディカだと、32鍵より幅広く吹けるんですよね」


 そう言うと、立奏りっそう用の唄口うたぐちを軽く拭ってから取り付け、急に「新宝島」のエレキギターの間奏ラインをざっくり吹いた。


「ピアニカって、吹き方でそんな綺麗に音出るの?!」


 花が驚いたのも無理はない。


「学校で習う楽器なのに…ちゃんと和音も出るし」


「いや、鍵盤はキーボードとかピアノと並びが同じですから」


 たまに自分が立ってハモらなければならないときに、37鍵のメロディカを手にすることがある──と耀は述べた。


「『新宝島』なら私ドラムライン出来るよ」


 慶子がドラムを叩き始めると、耀が鍵盤ハーモニカでエレキギターのラインを吹いてみせる。


「何か、この組み合わせを使わない手はないよねぇ」


 このときの話のやり取りが契機となって、すず香は耀と新しく作曲をするため、耀の家──メグの家でもある──で別枠で話し合うこととなった。




 私服姿の耀を見たすず香は驚いた。


 レースやフリルがふんだんにあしらわれた、いわゆるロリータファッション風のセットアップの服装になっていたからである。


「まぁ、お姉ちゃんがギャルだったから…」


 確かにメグは髪をカールさせたいわゆるギャル系で、それだけにカッコよさもあり、女子からの人気も高かった。


 それにひきかえ。


 耀は甘辛ミックスのようなコーディネートが好みなのか、上下サテン生地っぽい艶のあるミントグリーンのセットアップに、真っ黒のコーデュロイのカウボーイシャツを合わせるという難易度の高いことをしてみせている。


 何度かメグの部屋に、すず香は来ていたはずなのだが、


「受験生でほとんど予備校にいて、会わなかったから知らなかったのかも…」


 耀のそうした派手やかな私服姿なら、気づくはずであろう。


「ピカちゃんって私服かわいいね」


「ありがとー! なかなか褒めてもらえないから部屋着にしてて…」


 普段はフリルもレースも控えめなワンピースにしてあるのだ…という。





 何気にすず香は、


「そういう感じの衣装さ、ライブで来てみたら絶対可愛いよね」


 感じたままのことを述べた。


「でも、ライブはいつも制服ですよね?」


 メグがライブで立つ姿を耀は知っている。


 衣装に回せるだけの費用がなかったので、ロサ・ルゴサはライブは制服で演奏していた。


「うちの部は、それでいいんじゃないかなって思います。他の高校みたいに衣装作っちゃったら、却って個性が死んじゃうような気がして…」


 耀から見れば、制服がすでに衣装のようになっているから良い──そう映っていたらしい。


 すず香はハッとしたような顔になり、


「…ピカちゃんの言う通りかもね」


 目の前に出されてあった、菓子器のビスケットを一枚頬張った。




 二人でキーボードを弾きながら出来た曲は、珍しくバラードナンバーであった。


「ちょっと大人っぽいかなぁ?」


「いや、今すぐ発表しなくても、寝かせて機会を待つってチョイスもありますから」


 耀には、メグと似て冷静な面がある。


「…その口調、なんだかメグ先輩みたい」


 すず香はクスクスと笑い出した。


「そうなんですか?」


「メグ先輩って部活のときは結構クールで、だからいざというときほんとに頼りになって、だから卒業したらうちの部どうなるのかなって思ってたけど…ピカちゃん入ったから何か大丈夫かもって思えてきた」


「家にいるときには割とぼんやり過ごしてて、部屋でこもってばっかりでしたけど」


 耀が見る限りのメグは、そんな感じであったらしい。




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