13 蹶起


 三月一日。


 この日は神居別高校をはじめ道立高校の卒業式の日である。


 前日までの雪も止んだ。


 メグと美優は、この日が最後の登校である。


「内地なら桜なんだろうけど…」


 メグはふとつぶやいた。


 北海道の場合、卒業式はまだ雪の時期である。


 この日は卒業式のあとに、メグの生家のライブハウスで卒業公演もある。


「でも美優が進学するなんて、最初は聞いてなかったからビックリでさ」


 メグは札幌の専門学校へ、美優は横浜の私立の菁莪せいが女学院大学へと、それぞれ進んでゆく。


「まぁでも、一度は都会を知っておかないとね。了見の狭い大人にだけはなりたくないからさ」


 それに横浜であれば、美優の父親が単身赴任している御殿場も近い。


「意外と美優ってさ、パパっ子だもんね」


 二人は笑いながら校門をくぐった。




 卒業式では、生徒会長となっていたメグのイトコの海老名香織が送辞を読み上げた。


 卒業式は選抜高校野球への出場が決まっている野球部の壮行会も兼ねておこなわれ、新調されたユニフォームも発表された。


 白地にスクールカラーの紫紅色で「K」とだけ胸に書かれたシンプルなもので、右袖にはローマ字でKAMUIBETSU、左袖には北海道の地形があしらわれてある。


 真新しいユニフォームが披露されると、キャプテンが挨拶を述べた。


 その時、である。


 エースの星原涼太郎がスタンドマイクの前に立った。


「俺には優勝という目標があります。優勝して、紫紺の優勝旗を手にしたいと思ってます。どうか応援よろしくお願いします!」


 高らかな宣言に、会場はどよめきながらも拍手が割れんばかりに響いた。





 式が終わると、リボンをつけたメグと美優が、四人がいる部室にやってきた。


「今夜のライブ、絶対に成功させるよ!」


「はいっ!」


 六人で気合いを入れていると、


「失礼します!」


 来たのはユニフォーム姿の星原涼太郎であった。


「今回は自分たちの甲子園出場で芸研部にご迷惑をかけたようで、申し訳ありませんでした!」


 頭を深々と下げてから、


「東久保、ちょっと話がある」


 慶子を廊下へ呼び出した。


 廊下の隅で二人きりになると、


「東久保…俺、お前のために勝つから。見ててくれ」


 それだけを言うのが精一杯であったのか、言い終わると早々と駆け去ってしまった。




 慶子が振り返ると、部室からメンバーが顔を出して覗いていた。


「…私のためにとか、あんなこと言われたの初めてだから、どう返していいのかわからなくて」


 慶子は顔どころか、首筋まで真っ赤になっている。


「星原くん、きっとノンタンのこと好きなんじゃないかな」


 椿は言った。


「…ノンタン、甲子園まで見に行ってあげなって」


 私たちは別に気にしないから──花もそこは賛同を示した。


 だがしかし、すず香だけは、


「軟弱な…敗けちゃえばいいのに!」


 まるで憲兵のような言い回しでブスっとふくれた。




 それでも慶子は、


「でも私一人だけはちょっと…みんなで行くならいいけど」


 慶子はどこか気を遣って生きているところがある。


「ノンタンってさ、いつもそうやって自分のことを後回しにして来たよね」


 すず香は慶子の手を取った。


「いつもそうやってノンタンは生きてる。だって芸研部に来たときだって、ホントは違うことしたいのに、私が頼んだら断わらずに見学に来てくれた。実際には図書室で静かに過ごしていたかったはずなのに」


「すず香…」


「だからね、正直私はアイツとは仲も良くないし嫌いだけど、でも一生に一度あるかないかの出来事でもあるし…だから、もしノンタンが行きたいなら見に行ってあげて」


 私はテレビで見るから行かないけど──すず香は慶子の頭を軽くポンと叩いた。





 夕方のライブハウスは満席になっていた。


 ほとんどがメグや美優のクラスメイトで、他にも後輩がそこそこの数だが来ている。


「今日は卒業ライブです。みんなで盛り上がって行くよーっ!!」


 少し考え事をしていた慶子も、ライブになると吹っ切れてドラムをいつものようにテンポよく叩いていた。


 この日は美優と椿のダブルボーカルで、ゲストメンバーの形で高梨あかりがトランペットで参加したのだが、


「ライブって、こんなに楽しいんだね」


 あかりは満面の笑みを浮かべた。


 椿や慶子が作詞し、すず香が作曲したオリジナル曲もたまってきており、この日は「あの橋の向こう側」「夢への扉」「ボクラノミライ」「泣く前に翔べ!」「ドリーミングソルジャー」「未来がキミを呼んでいる」「うそつき」といったナンバーを揃えた。




 盛況のうちにライブははねて、打ち上げの食事の席でメグは、


「ノンタンの遠征費のカンパしたさ」


 集まってまとめた貯金箱を慶子に渡した。


 ひと口千円でカンパを募ったところ、十万円近い大金が集まった。


「芸研部の部長が全体応援行けないってのは、恥ずかしい話だからさ」


 どうやらライブハウスに来る通常の常連の大人たちにも、メグはカンパを募ったらしかったようで、


「予想外の金額になって、こっちがビックリした」


 メグはそれでも嬉しかったのか、


「これはノンタンの人徳の結果だから、大切に使いなよ」


 と言った。




 直前合宿のために野球部が出発して数日後、組み合わせ抽選で神居別高校は初日の第二試合、優勝候補である神奈川の茅ヶ崎学園高校と対戦することと決まった。


「初日の第二試合かぁ…相手強いらしいし、すぐ帰れるよ」


 すず香は相変わらず毒づいていた。


 吹奏楽部の応援態勢もだいぶ整ったようで、卒業生あわせ二十人近い部隊編成となったらしい。


 部長を外された熊谷杏樹は、開会式リハーサルの日にインフルエンザとなって、自宅で療養をしているらしく、


「向こうで出くわすリスクはなくなったね」


 そう言いながら、花は神居別神社の御守を手渡した。




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