11 存亡
二月になっても、吹奏楽部と芸研部の合同練習は一向に噛み合わなかった。
吹奏楽部の九人と引退した三年生一人、芸研部は三年生のメグと美優を含めて六人、さらに卒業生から自主参加の三人の計十九人なのだが、
「アルプススタンドにベースアンプは持ち込めない」
という杏樹の決断でメグと花がチアリーディングに回され、さらにギターの椿とキーボードのすず香も、チアに途中から異動となった。
つまり。
参加しているのはドラム担当の慶子と、トランペットの経験者である美優だけになっていた。
そうした中。
「私もチアに回りたい」
と慶子までが、不満を言い出してしまったのである。
「ホントは甲子園なんか行きたくもないけど、学校から行けって言われたから行くだけで、内心は誰か不祥事起こしてくれないかなって」
これには杏樹が激怒し、
「だったら参加しなくていい!」
売り言葉に買い言葉で、とうとう慶子は練習にすら来なくなった。
さすがにメグも思案していたらしいが、
「このままじゃまとまらないまま甲子園に行くことになるよ
ね」
メグの不安が的中し始めていた。
夕方、慶子は部室でドラムを独り叩きながら、
「いいもん…」
次第に悲しくなってきたのか、泣きながらドラムを叩いていた。
そこへ。
「ノンタン、いい?」
入ってきたのはジャージ姿の花であった。
「花ちゃん…」
「私も、行かないことにした」
チアリーディングの衣装があまりにも恥ずかしくて着たくないらしかった。
「だって、ヘソ出しの超ミニスカだよ?!」
「花ちゃんなら似合いそうだけどなぁ」
「似合う似合わないの問題じゃなくて、あんな着たくないものは着たくない」
それでメグと言い合いになり、
「それなら誰か適当な人でも、連れてくればいいじゃないですか!」
そう言って飛び出してきたようであった。
「そもそも、甲子園なんか選ばれるからこんなことになるんだよね…」
慶子はため息をついた。
次の日。
花と慶子はすず香と椿を呼び出し、
「私とノンタンは甲子園行かないって決めた。すず香はピッチャーのいとこだし、行かなきゃ大変なことになるから仕方がないだろうけど、椿ちゃんは?」
椿はしばらく頭を抱えこんでいたが、
「私はすず香が心配だから行く」
「いや…私は行きたくないんだよね」
すず香は理由を述べた。
「ピアノの発表会があるんだ」
「そっかぁ…すず香、ごめんね」
「いや…私はいいんだけど、勝手に決めてメグ先輩に怒られない?」
「このあと松浦先生とも相談するから大丈夫」
結局四人とも行かないことで結論は出たも同じであった。
そこへ。
「…そっか。みんな行きたくないんだ?」
メグがあらわれた。
「メグ先輩…」
たまたま扉の外で、メグは聞いていたらしい。
「だったら、部として行きたくありませんって伝える。美優にはうちから話す」
そのほうがいいみたいだから──メグは美優に連絡をとってその旨を話すと、
「みんなで決めたなら私はいいよ」
美優も応援の練習を引き払ってきた。
「私も杏樹のやり方には、ちょっとムカついててさ」
メンバーは職員室へ向かった。
六人揃って職員室の松浦先生と対峙すると、
「吹奏楽部との合同応援ですけど、このままではあまりにも問題があるので、芸研部として応援はボイコットします」
メグは決めたら引かないところがある。
「…分かった。しかしやらなあかんことがある」
「どうするんですか?」
「知れたことよ、吹奏楽部の部長から直に理由を訊く」
それで道理の立つ理由があるならそれで良し、そうでないときには部として応援をボイコットする、と明快な方針を示したのである。
「それなら、私が行きます。一応交渉役は私なので」
いうが早いか、椿は吹奏楽部の部室へと駆け出した。
急に椿が来たので、吹奏楽部の部室は騒然としたが、
「熊谷部長に確認したい事項が出てきたので」
椿は意にも介さない。
「まずなぜ譜面を渡さなかったのか、あと練習に参加しなくて良いと言った理由は何か、この二点を確かめに来た」
目の鋭い椿を見ただけで杏樹が固まっていたところにきて、椿はこうしたときには、息をする間もない理詰めで質問をする。
「いや…別に合理的な理由が当然あるだろうから、それを確かめに来ただけで」
とは笑顔で言うのだが「ではなぜ、そうなるのですか?」とすぐ切り返す。
「熊谷部長、まさか感情的なことで動いていた訳ではないですよね?」
椿にはスキがない。
「当然なんらかの合理的な理由があるんですよね?」
しばらく
やがて。
熊谷杏樹は肩を震わせ、嗚咽を漏らし泣き出した。
「…熊谷部長、とりあえずちゃんと納得行く理由を、あとで文書にして松浦先生かメグ部長まで持参していただくよう、よろしくお願いします」
今日はとりあえずここまでです──椿は風が抜けるように去っていった。
何日かして。
「吹奏楽部から文書が来た」
という松浦先生が、芸研部の部室にあらわれた。
この頃には芸研部のメンバーは全員応援練習には参加せず、
「六月のスクバンのブロック予選に向けて準備しよ」
と、早くも予選の話を始めていた。
そこへ。
「何か熊谷部長が持ってきたんやが、どないする?」
「…いまさら謝られたって」
慶子はムスッとした顔をした。
「うーん、ワイはもう手打ちでえぇかなって」
「これでまた合同練習するって言うなら、考えなくもないんですけど…」
とりあえず文書だけは目通しとけ、と松浦先生は封筒を置いて戻った。
「メグ先輩、どうします?」
椿は伺いを立てた。
「みんなはどうしたい?」
「私は死んでも嫌です。どうしてもって言うなら退部なり退学なりしてからにしてください」
慶子はかなり頑なになっている。
普段おっとりした慶子の珍しい剣幕に、
「ノンタンがやめるなら私もやめる」
「すず香…」
「だって、こんなもめるために芸研部に入った訳じゃないし」
「…じゃあ、芸研部は今年度で解散かな」
ドラムとキーボードという主力が抜けたバンドは、翼をもがれた鳥のようなものではないか──メグは述べた。
廃部を正式に提出するかしないか、という噂が校内で広まると、
「せっかく全道予選まで行ったのにもったいない」
うわさ話を聞いた高梨あかりは、
「よその部を廃部にしてでも、吹奏楽部を残さなきゃならない理由はなんですか?」
と熊谷杏樹に問うてみた。
ところがあかりが期待したような明瞭な回答はなく、
「…自分の栄光だけ残すために他を犠牲にしたいとは、私は思わない」
今度は高梨あかりが、吹奏楽部に退部届を出したのであるが、退部届は顧問のもとで、ひとまず保留とされた。
「とりあえず落ち着け」
というようなことであるらしい。
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