10 暮雪


 クリスマスイブの近づいた土曜日の夕方、袋詰めした駄菓子を手分けして携えたメンバー六人は、学校のある坂の麓にあった教会へとやってきた。


 すでに子どもたちは何人か集まっており、


「あ、お菓子が来た!」


 などとはしゃぎながら、段ボール箱を持ったメンバーの列に連なるようにくっついて歩いていく。


「子供って、やっぱかわいいよね」


 メグと椿ははしゃぐ子供たちの相手をしたりする。


「よくライブに連れてこられた子供の面倒見てたからさ、慣れてるんだ」


 メグは卒業後は保育の仕事を目指しているらしい。


「だから、札幌の専門学校行こうって決めてて」


 椿は?──メグは問うた。


「私は…定時制だから、今バイトしてるラーメン屋にそのまま入ろうかなって」


 だってギターだけじゃ間違いなく食えないし…と妙に現実的に答えた。


「すず香はピアノの先生になりたいみたいだし、慶子は図書館の司書になりたいって言ってたし…」


 メグは初めて知ることばかりであった。




 全員で子供たちへのお菓子を配る準備をしながら、


「ところで、花ちゃんは?」


 メグは花に話を向けた。


「私…ですか?」


 花は想定していなかったらしく、しばらく考え込んでいたのであるが、


「…私は、まだ何も見つからなくて」


 としょげる花に、


「これから見つけたらいいじゃん」


 椿は明るくいった。


「夢はね、見るだけタダなんだからさ」


 夜になってクリスマスイベントが始まると、サンタ姿のコスプレをしたロサ・ルゴサのメンバーが子供たちにお菓子を配り、その後はカホンやベース、アコースティックギターなどの簡単な編成で、子どもたちとクリスマスソングを歌ったり、みんなでケーキを食べたりして過ごした。





 宴が、果てた。


「私はこのイベント好きなんだよね」


 帰路にメグは、途中まで同じ道のりの花に述べた。


「私は最後だし、専門学校行ったら神居別に戻るかどうか分からないし、でもここだけは変わらないでいて欲しいなって」


「…メグ先輩、地元好きなんですね」


「花ちゃんは…転校してきたから、やっぱり向こうの地元のほうがいいんでしょ?」


「私は母親の地元がここだから、知らない町でもないですし、おばあちゃん家に泊まったこともあるんで、まったく知らない訳ではないんですけどね」


「そっかぁ」


 メグはそれ以上は深追いしない。


「あの…メグ先輩?」


「ん?」


「…私、自信ないです」


 花はうつむいた。


「…私、メグ先輩みたいにこれって武器もないし、もしかしたら足引っ張るんじゃないかって」


「そんなもんやってみなけりゃ結果なんか、わかる訳ないでしょ」


 メグはことさらに明るくいった。




 メグは立ち止まると、


「うちのバンドはさ、明るく振る舞うことでみんなが笑顔になる。さっきの子供たちだって歌ってるときは楽しそうだったじゃない」


 それが原点であるように、メグには感じられているらしく、


「だからその笑顔のために私たちは、練習したり演奏したりするんだよ」


 花ちゃんなら大丈夫──メグは花の肩に手をポンと軽くあてがってから、


「すず香も椿も慶子も、花ちゃんとは同い年だから、通じ合うところはきっとすぐ出てくると思うよ」


 花はちらついてきた雪を仰ぎ見た。




 年が、あらたまった。


 冬休みが明けてほどなく、


 ──涼太郎くん、センバツ行くの決まったんだってね。


 という話を、すず香は母親から聞いた。


 センバツ、というのは春の選抜高校野球大会のことで、全国から選ばれた高校で優勝を争うトーナメント大会である。


 まだ北海道から優勝は出ておらず、北海道勢の最高成績は準優勝である。


「21世紀枠で決まったんだって」


 いうをたず、神居別高校は初の甲子園出場である。


「すず香は応援行くの?」


 教室で顔を合わせた慶子は、すず香に尋ねた。


「うーん、吹部と合同応援ってなったら、行かなきゃならないだろうけど…」


 そんなに仲が良くないとはいえ、仮にもイトコである。


「でも旅費なんか出せないし…」


 部室でもすず香は、椿や美優に同じことをかれたので、


「旅費がないから行きません」


 と、生々しい意思のあらわし方をした。





 ほどなく吹奏楽部の高梨あかりが芸研部の部室にやってきて、


「顧問から合同応援の話が出たんだけど…芸研部にツテがあるのが私だからって言われて」


 どうやら交渉を任されたらしかった。


「で、吹部の意向は?」


 そこは椿が切り込んでみた。


「吹部としては単独のほうが、フォーメーションとか譜割りとか楽って話なんだけど…」


「それなら行かなくてもいいじゃん。すず香も旅費がないから行かないってハッキリ言ってるし」


「了解」


 これで決まった、と椿もあかりも考えていたらしい。




 ところが。


「せっかく音楽系の部活が二つあるのに、片方しか行かせないのは不平等だ」


 と容喙ようかいしてきた卒業生があったらしく、


「学校から旅費は予算を出すから、行ってもらえないかって、職員会議で決まってやね…」


 松浦先生は苦い顔をしていた。


「今の吹奏楽部だけでは人数足らんから、引退した三年生と芸研部と、あと卒業生の有志で応援部隊を組んで、アルプススタンドを埋められんかって」


 しかも甲子園の担当は松浦先生で決まったようで、


「ワイが甲子園行ったことあるからって…ワイが行ったの選手で、しかも三十年ぐらい前やで」


 頭を抱えながら松浦先生はぼやいた。


 ともあれ。


 そうした成り行きで、吹奏楽部との合同練習をすることとなったのである。




 合同練習は冒頭から波乱含みの様相を見せた。


 なぜならあかりと椿、美優の三人は意思の疎通が取れていたものの、他のメンバーとは当たり前ながら、連携がとれなかったからである。


 しかも。


 吹奏楽部の部長である熊谷杏樹あんじゅは芸研部と合同練習をすること自体が反対という立場で、


「譜面はそちらで準備してください」


 といい、応援歌の譜面すら渡さないのである。


「こっちだって頼まれたから来たのに、部長のあの態度は何なの?!」


 日頃まず怒らないおっとり屋の慶子が珍しく腹を立て、職員室に乗り込んで顧問に直に抗議をしたほどである。


 このときはかつて杏樹の先輩でもあった美優が間に入って鉾はおさまったが、


「こうなったら、死んでも行かない!!」


 慶子はへそを曲げてしまった。



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