Episode2
9 転入
北海道予選が終わってほどなく、平常が戻ったすず香と
「こんな時期に転校生だなんてさ、珍しくない?」
すず香は思わず、斜め後ろの慶子にささやいた。
いわれてみれば無理もないであろう。
今は二学期の途中なのである。
「今日からこのクラスへ編入されることとなった、
花は、無言でお辞儀をした。
「實藤さんは、…じゃあ東久保さんの隣が空いてるから、そこね」
担任が示したのは最も後の慶子の隣である。
つまりすず香の後の席に花は座った。
花は小さな声で、
「よろしくお願いします」
と、慶子とすず香に物腰も柔らかに会釈をした。
何日か過ぎて、休み時間になったときに急に、
「ここの学校って、軽音楽部ありますか?」
花は慶子に訊いた。
「軽音楽部はないんだよね…芸能研究部ならスクールバンドあるけど」
慶子は何気ないいい方をした。
「スクールバンド?」
「ね、すず香?」
すず香は花の方へ向くと、
「スクールバンド、私と慶子メンバーだよ」
ちなみに楽器は?──すず香は花に問うた。
「ベースです」
「ちょうどよかった、ベースが三年生だから今度抜けちゃうんだよね」
とりあえず、見学来なよ──すず香には存外、抜け目のないところがあるらしい。
数日して、放課後にすず香と慶子は花を連れて部室へ行くと、
「見学希望者です」
花を紹介した。
「ベース出来るらしいんで、メグ部長見てもらえますか?」
メグが自前のベースギターを渡すと、
「ちょっと弾いてもらっていい?」
花は少しだけベースのラインを弾き始めると、メグは途端に真剣な顔つきになって、しばらく花の演奏を凝視していたが、
「うちより弾けるんじゃない?」
どこかのバンドにいた?──メグは問うてみた。
「転校する前に軽音楽部にいました」
「経験者かぁ」
メグは納得したようで、
「よかったら入部してみない? 無理にとは言わないけど」
花の意向を確かめてみると、
「何か楽しそうなので、体験ぐらいならいいかなって」
ひとまず体験入部、というような話でまとまった。
花が芸研部でまず驚いたのは、上下関係がうるさくないところであった。
「だって年齢で人格って決まらないし」
確かにそこは美優のいう通りなのであるが、それでも上級下級の区別はあるはずであろう。
しかし、芸研部にはそれがない。
「基本的にあんまり気にかけたりなんかしないよね。体育会系じゃないし」
次に驚いたのは、ほとんどプライベートに首を突っ込まないところである。
「だって、付き合ったら全国大会行けないって問題でもない訳だしさ」
そんなことは小さなことでしかない、というような話を椿はいう。
「彼氏できて、そんなぐらいのことでハマスタ行けるなら、今頃みんな妊娠してるって」
椿のドライな発想に花は目を丸くしたが、
「それより音楽は楽しくなくっちゃね」
音を楽しむのが音楽なんだからさぁ──ただひとりの定時制メンバーでもある椿は、しかし引け目なんかはまったくなく、花には椿が輝いて見えた。
花は迷うことなく正式に入部し、受験対策で部室へ来る頻度の減ったメグに変わって、ベースを弾くようになり始めた。
「花ちゃんはさ、練習遅くなるの大丈夫? 親とか心配しない?」
慶子に問われた花は、
「大丈夫だよ、うちの母親夜遅くまで働いてるし」
却って部活動をしていた方が気が紛れる──というようなことを述べた。
「あ、そうなんだぁ」
「…何も訊かないの?」
「何で?」
慶子は首を傾げた。
「だってさ…よく訊かれるのは世間じゃある話だからさ」
「うちらはあんまり訊かないかなぁ」
家がどのあたりかまではわかるが、それ以上の
「だって聞いたところで、サウンド良くなる?」
慶子は特に根掘り葉掘り訊かないタイプであるらしく、
「みんなそれぞれ、何らかの事情があったりもするもんだから、いちいち気にして訊いたりなんかしないよ」
花には新しい驚きでもあったらしい。
プライベートには踏み込まないのに、それでいて一体感の強いこのロサ・ルゴサという不思議なバンドの、不思議な磁力のような魅力に、花はいつの間にかハマっていたようで、
「他にはないバンド」
と、しばらくしてから手記に書き残してあるのであるが、それはまるで「
いわれてみれば浜梨は、一日花である。
つまり花は一日しか咲かないのに、次から次へと花を咲かせては真っ赤な実を結ぶ。
花弁一枚一枚も華奢で、風が吹けば散ってしまう。
しかし厳しい季節にもめげることなく毎年、浜梨は花を咲かせ、それを悠久の時流の中で繰り返してゆく。
「考えてみたら健気だよね」
少しだけポエマーな
「でもバラの仲間だから、気高さはあるんだよね」
もしかするとロサ・ルゴサというバンド名は、美優のそんな思いからつけられたものであったかもしれなかった。
芸研部のスケジュールの一つに、
「チャリティーライブ」
というものがある。
メグによると毎年、坂の麓の教会で子どもたちのためにお菓子を配ったり、一緒にクリスマスソングを歌ったりして、楽しく過ごすのだという。
「それを存続させるために、うちを入部させたらしいんだよね」
メグが入部する前は三年生だけのメンバーで、卒業して誰もいなかった芸研部にメグが入った──というような経緯があり、
「だから一年と二年のときは一人でお菓子配って」
それでも子供が好きなメグは、
「ちっとも苦じゃなかった」
見た目はギャルのメグだが、性格は裏腹に親しみやすいところがあったらしい。
逆に美優は子供が苦手で、
「なんか知らないけど子供に泣かれてしまうんだよねぇ」
子供をあやそうとして、逆に泣かしてしまい、
「ギャン泣きされたから、誘拐犯と間違われたことがあって」
連行されたこともあったらしかった。
教会から運ばれてきた駄菓子を、メンバー全員で小分けに袋詰めしながら、
「他の学校は、こういうイベントとかあるのかな?」
「少なくとも前の学校はなかったよ」
花は答えた。
「私は中等部のときにはあったよ。一応キリスト教系の学校だったし」
椿は述べた。
「やっぱりキリスト教系だとあるんだ…」
「子供って無邪気だからさ、何か…これから待ち受けてることが苛酷なのになぁって。しあわせなんか、長く続かないのにって」
椿の目には違う何かが映っていたのかもわからない。
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