8 全道

 さて。


 いよいよ十五番目、である。


「やっぱり穆陵って強いよね…」


 舞台袖で穆陵高校のスクールバンド「堕天使」のサウンドを聴いていたメグやすず香は、いかにロサ・ルゴサが出来たばかりとはいえ、その音の差に心中では衝撃を受けながらも、


「ここまで来たら、やるしかないよね」


 と、みずからを奮い立たせるようなことを、自身に言い聞かせるようにいった。


 神居別高校は応援も少ない。


 他方で穆陵高校は、ライラック女学院時代からのファンがおり、有志がファンクラブを立ち上げていたりもする。


 そのため会場も半数以上は穆陵ファンという、ある種異様な面すらあって、


「うちらなんか身内以外ほぼいないもんなぁ」


 という美優の指摘したとおり、松浦先生と前任の千尋先生、あとはメグやすず香の両親、あとは生徒会の海老名香織と、メグの妹で中学生の耀ひかりぐらいのものであった。




 それでも。


「すず香と慶子が作った曲のお披露目でもあるしね」


 すず香の作曲に慶子が詞を付けた『あの橋の向こう側』を人前で演奏する初めての機会でもある。


「十五番、神居別高校。ロサ・ルゴサ」


 司会によるコールがかかった。


 舞台へ五人のメンバーは駆け出していく。


「それでは聞いてください、『あの橋の向こう側』」


 メグのベースと慶子のドラムから始まり、すず香のキーボードと美優のサックス、椿のギターでイントロダクションは入る。


 リードボーカルは美優である。


「美優先輩のほうが歌は上手いから」


 という、椿の提案によるものであった。




 パフォーマンスが終わると、意外なことに穆陵高校のギャラリーのほうから拍手と歓声がわいていた。


「…良かった、みんな楽しんでくれたね」


 美優の一言に椿は、


「美優先輩、人がいいんだから」


 そういいながらも、悪い気はしなかったらしい。


 最後の留萌商業のパフォーマンスが終わり、投票結果の発表まで少し時間があったので、椿が用を済ませ戻ろうとしていると、


「お疲れ様」


 振り返ると高梨あかりがいた。


「来てたの?」


「明日、全道大会だから先乗りしててさ」


 私服姿のあかりは、メガネにキャスケットを目深にかぶっていた。


 どうやら見ていたらしく、


「椿ちゃんは、やっぱりギター弾いてるときが一番キラキラしてるね」


「そう?」


「全国、行けるといいね」


「…ありがと」


 あかりを呼ぶ声がしたので、このときはそのまま別れた。




 結果発表が始まった。


 まず参加賞のような銅賞から発表は始まったが、この段階では神居別高校は呼ばれなかった。


「少なくとも銀賞以上かぁ」


 これだけでも結果としては上出来であろう。


 続いて銀賞三校。


 ここで函館義塾が呼ばれたので、波乱が起きたのだけはわかったらしく、会場はざわつき始めている。


 ちなみに銀賞は函館義塾の他には、北海道経済大学高校と、網走一高が呼ばれた。


 あとは金賞である。


「金賞、穆陵高校・堕天使」


 まず穆陵が呼ばれた。


 客席は予想通り盛り上がっている。


「金賞、札幌外国語大学付属高校・ブラックリリー」


 これにはどよめきがわいた。


「確か外語大ってシルバーコレクターのイメージが…」


 札幌外国語大学付属高校はなぜか毎回銀賞なので、シルバーコレクターという異名がある。


 そして最後の金賞である。


「金賞、神居別高校。ロサ・ルゴサ」


 一瞬、よくわからなかったが、初出場で初の金賞であることに気づくと、嬉しさより驚きのほうが強かったのか、


「…金賞だよ、美優」


 メグは少し冷静さを欠いた、上ずった声になっていた。




 表彰ではメグが部長として登壇し、表彰状を受け取った。


 しかし。


 問題はこのあとの代表発表で、いわゆる全国大会に行けない金賞、すなわちダメ金という可能性すらある。


「それでは、全国大会へ出場が決定した代表校を発表します」


 しばしの沈黙のあと、


「まずは、穆陵高校・堕天使」


 これは誰も驚かない、というよりあまりに順当過ぎたのか、メンバーからのリアクションはなかった。


「もう一校は」


 少しく間があって、


「…札幌外国語大学付属高校・ブラックリリー」


 遠くで、歓声がする。


 神居別高校はいわゆるダメ金となったのである。


 メグは察知していたのか、


「ここまで来たんだから、胸を張って帰ろう」


 サバサバとした清々しい顔であった。




 が。


 美優は違った。


 周りの目線も気にせず、グズグズに泣きじゃくっていたのである。


「…あんなに頑張ったのに」


 悔しくてたまらなかったらしい。


 つられてすず香も涙を流していたらしく、顔は手で覆ったままであったが、鼻をすするような音がしていた。


 これに対し椿は、


「うちらの事情から考えたら、むしろビギナーズラックだと思うべきだと思います」


 実に冷静だが、前を見据えたようないい方をした。


「泣いてるけどさ…まさか全国大会行けると本気で思ってました?」


 椿が述べた。


「こんな出来合いのチームで、よくここまで来たって私なんかは感じますけど」


 確かにそこは椿のいうとおりかもしれない。


 だがしかし、である。


 美優には納得がいかなかったようで、


「それは…椿は無駄な努力だったって言いたいの?」


 平静さを取り戻せたのかもしれない。




 椿は美優に、


「だってうちら、まだ出来たばかりのバンドだって言ってたじゃないですか」


 辛辣なようで、しかし反論のしようもないことを述べた。


「スクバンの借りは、スクバンで返すしかないんで、わたしたちが頑張るしかないんですけど…先輩以上に、わたしだって悔しいんですよ」


 椿は目に涙をため、必死にこらえていたようであったが、伝うように涙が頬へこぼれ落ちた。


「椿は悪くないよ」


 メグは椿の頭をなでてから、


「…後輩たちに託す」


 メグはそう言うと、椿を優しくハグした。




 地元に帰ると、いつもと変わらない情景が広がっていた。


 わずかに緑を帯びた紺青の海、青葉の翳り始めた初秋の樹々、もうすぐ鮭が帰ってくるであろう川の流れ──。


「試合に負けただけで、どうして違って見えるんだろうね」


 美優は少し敗けを引きずっているようであった。


「それはね…美優に後悔があるからだよ」


 隣で座っていたメグは、横顔のままいった。


「後悔?」


「だって美優は、吹部から来た訳じゃない? ずっと芸研部にいた訳じゃないじゃない?」


 そこをまとめきれなかったから、メグにも一因はある…といったような思いもあったらしい。


「そこは悔やんでないよ、メグのおかげでここまで来れたんだから」


「うちは美優とバンドできたから、後悔はないよ」


 メグは満面の笑みを浮かべ、


「ありがと美優」


 メグと美優は、グータッチをした。


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