7 札幌
全道予選の日が来た。
折しも、九月の連休の初日である。
この日、札幌のファクトリーのそばの中央体育館が予選会場となっており、顧問が松浦先生に変わってから初めての予選でもあった。
全道から集まった十六校の中から金賞は三校、銀賞は三校、金賞の中から全国大会には二校だけが選ばれる。
つまり。
金賞だからといって、横浜スタジアムの全国大会に行けるとは限らないのである。
当初それを聞いた椿は、
「だったら素直に金賞二個にすればいいのに、大人って汚いよね」
などと毒舌を吐いていたが、視線の先にある集団を見た途端、口数が極端に減った。
「あれ、
集団はダークグレーのセーラー服にライラック色のリボンの制服である。
すると。
集団の中から、一人だけ神居別のメンバーに向かって来たのがいた。
「椿ちゃん…だよね? 久しぶりだね」
どうやら知り合いらしかった。
メグは怪訝な顔つきになり、
「…椿、知り合い?」
顔を覗き込んだ。
「おはようございます! 穆陵高校の
梓は深々とお辞儀をした。
「椿ちゃんとは中等部の頃、仲良くさせてもらってたんです」
椿がいた年度は、まだ共学に変わる前である。
「…椿ちゃん、ライラック女学院の中等部だったんだ?」
椿は急に不機嫌丸出しな顔になり、
「…人の黒歴史ほじくり返して、何が楽しい!」
そのまま椿は、体育館のトイレへと逃げ込んでしまった。
出場校の控室は、普段は柔道に使われる畳の道場で、パーテーションで学校ごとに仕切られてある。
ちなみに神居別高校の両隣は左が
メグと美優、すず香と慶子の四人は譜面を見ながら最終チェックをしたりしていたが、椿だけ戻ってこない。
「…ったく、こんなときに子供じゃあるまいし」
メグが椿のこもったトイレに向かうと、誰もいない入口脇の椅子で、椿が泣き腫らした顔で腰掛けていた。
「椿、ちょっといい?」
「メグ部長…」
メグは椿の隣に腰を下ろした。
「ごめんなさい…でも迷惑かけないように演奏しますから」
脳内ではやらなければならないことが、椿はわかっているらしい。
「…別に弾かなくてもいいよ。棄権するから。そんな状態でまともに弾けるとは思えないし」
メグは部長としての覚悟を持った厳しい言葉を述べた。
椿は涙の跡を隠すように、
「実は…中等部でいじめられていたことがあって、それで高等部には行かなかったんです」
それで小樽にある通信制の高校を選び、音楽教室だけは楽しかったので行っていたらしかった。
「だから最初に、すず香がスクバンにエントリー決まったときも、私は関係ないからって思ってたけど…」
しかし今は、神居別高校に編入している。
「あれはすず香が勧誘しなかったから、私がすず香と一緒に演奏したいって思ったから入っただけで、でもいつかこんな日が来るような気もしてたし」
「…わかってたんだ?」
椿は黙ってうなずいた。
「でも、多分今日みたいな出来事は、過去と決別するためのチャンスなのかなって」
だから出る、と椿はいった。
椿を連れてメグが控室に戻ると、
「やっぱり…今回は棄権するんですか?」
すず香が訊いてきた。
「棄権なんかしないよ。椿が演奏したいからって言ってきたから、ハッキリ言って負けるの覚悟で出るよ」
「ちょっと…メグ正気?」
「美優、今日は椿のために弾く日だよ」
メグはこの日初めて笑顔になった。
「さ、チェックするよ!」
メグは椿に譜面を渡した。
チェックが始まると、椿はいつもの冷静にギターを弾く椿に戻った。
それを見て慶子は安堵したのか、
「椿ちゃんは、やっぱりそうこなくっちゃ」
同学年でもある二人は、すっかり打ち解けているようであった。
前もってくじ引きで決められた出番は、神居別高校が十五番目である。
ついでながら帯広理科大学高は十三番、穆陵は十四番、留萌商業が十六番で最後で、神居別は穆陵のあとに演奏という厳しい出番となる。
「…椿、ほんとに大丈夫? やめるなら今のうちだよ」
日頃ネガティブなことを口に出さない美優が、椿の曇りがちな顔を見て思わずいった。
「…大丈夫です」
椿は肚を決めたらしい。
体育館のステージでは、一番の小樽学園大学付属の演奏が始まった。
一番の小樽学園大学付属を皮切りに、
北見向ヶ丘高
網走一高
函館義塾高
北海道経済大学付属高
釧路星ヶ浦高
旭川体育大学高
札幌外国語大学付属高
と、十二番までは、以上の学校のスクールバンドの演奏が終了した。
十三番の帯広理科大学高校がスタンバイのために舞台袖へ移動すると、さっきの駒木根梓が再び、神居別のメンバーのもとへやってきた。
「さっきはすみませんでした」
頭を下げたあと、梓は穆陵高校の控室へと消えた。
「…あの子、ちゃんとしてるじゃない」
という美優をよそに、
「あぁやって揺さぶりかけるんだ…」
すず香は別の見方をしていた。
すず香の見方はかなり
「だってさ、いちいち今のタイミングで謝るような話かな?」
言われてみれば、そうである。
「確かにもっと前に謝るタイミングあったよね…」
慶子は腹が立ってきたらしかったが、
「それ、思うツボだから」
美優にたしなめられて、慶子は歯を食いしばった。
そうこうするうち。
穆陵高校もスタンバイに消えた。
「…いい? わたしたちは初出場なんだから。何も失うものなんかないんだよ」
五人で円陣を組み、互いを励ますように掌で一斉にそれぞれの肩を軽く叩いてから、めいめい楽器を手に支度を始めたのであった。
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