5 僥倖
ブロック予選の日。
楽器は持ち込みであったので、ギターやベース、キーボードなどを携えメンバーたちは、先にドラムセットを積んで軽自動車で向かった千尋先生とは別に、ウィスキーの醸造所の近くにあった駅前から、バスに乗って小樽の予選会場へ向かった。
「電車だと本数ないしさ」
メグのいう通り電車はあるにはあるのだが、本数が少ない。
まだバスのほうがある。
「大きい車両で少ない本数走らさすより、小さい車両たくさん走らさしたほうが儲かるような気がするんだけど…儲ける気なかったりして」
椿にかかると鼻で嘲笑ってしまうから、身も蓋もない。
それは置く。
急ごしらえのバンドなだけに、
「初出場なんだからさ、まぁどんな感じか知るだけでも大事だと思うんだ」
美優は力説した。
「たまたまうちのバンドはエースいないからそれできますけど…美優先輩の発想って、エースいたら袋叩きに遭いそうな発想ですよね」
こんなときでも冷静でいられたのは、ピアノのコンクールで場数を踏んでいた、すず香ぐらいのものであった。
小樽駅に着くと、今度はタクシーに分乗して市役所の近くにある市民会館へ向かった。
市民会館は市役所から裁判所の方へ向かった坂の上にあり、割り当てられた控室のある三階の窓からは、フェリー乗り場や港が見渡せた。
「何かビルあると落ち着かないね」
メグの三階建ての実家の屋根裏部屋からも海は見えるが、遮るものがない。
「ね、札幌は行ったことある?」
美優やすず香は行ったことはあったが、メグはほとんど行ったことがなかったらしい。
「まぁ東京ほどではないけど都会だよ」
椿は何度か東京にも行ったことはあったようで、
「まぁ東京が何でもありすぎるというか、神居別が何もなさすぎるというか…」
それでもメグは、学校の裏山にある高台の公園から見える
「確かに何もない町かもしれないけど、うちは好きだな」
髪型を整えながら、メグは鏡越しに述べた。
後志ブロックの予選は十校が参加している。
半数の五校は小樽からのエントリーだが、残りは神居別高校以外はニセコや
「もしかして全員女子なの、うちらだけ?」
よく見るとほとんどが男女混成で、いわゆるガールズバンドは神居別高校だけである。
「女子らしさ全開ならいけるかな?」
「まぁでも世の中そんな甘くないから、多分予選敗退だよ」
笑いながら廊下で練習の最終チェックをし、あらかじめ決められたくじ引きの順番である九番目に、ロサ・ルゴサの出番が来た。
ロサ・ルゴサは、発表曲として『夢への扉』を選んだ。
椿が何曲か作っていたうちの一つである。
前の学校のやり方を見て、簡単なMCと曲紹介をしてから臨んだのだが、とりあえず音は外さなかったし、オーディエンスも盛り上がってはくれたようであったものの、
「小樽学園大付属なんか全校応援だもんなぁ」
あれじゃ勝てっこないや、と、出番が終わるのもそこそこにメンバーは帰り支度を始めていた。
ところが、である。
投票結果を見て、メグや美優たちメンバーは茫然とした。
「…うちら、二位通過だよ」
何と北海道予選へ行ける上位二校に、なぜか入っていたのである。
このときメンバーは知らなかったが、後志ブロックで初めてのガールズバンドであったこと、さらには編成に管楽器がいたことが目新しく、レベルも低くなかったことから評価されたらしかった。
「…えっと、北海道予選って?」
「九月の連休だったっけ?」
早くも浮き足立ちつつある。
しかしそれをたしなめたのは、意外にも慶子であった。
「ここで満足してたらダメなんじゃないかなって」
最初はバンドに加わることすらためらっていた慶子だが、このところはドラムの楽しさに目覚めたらしく、朝練も早くから来て毎日ドラムを叩き、手にはマメさえ作っている。
「わたしたちの目標は、てっぺん取ることだよね?」
これには椿ですら驚いた。
「うちらみたいなペーペーなバンドに日本一取れると思ってる?」
「そんなもの…やってみなきゃわからないじゃない」
慶子は負け嫌いなところがあるらしい。
「ノンタン、少し変わったね」
「それはすず香が気づかなかっただけだよ」
予想外の芯の強さに、すず香は新鮮な感動をおぼえたらしかった。
夏休みに入る前、椿は神居別高校への編入手続きをした。
とはいえ定時制で、
「定時制なら、何とか馴染めるかなって」
椿には人付き合いの苦手な面がある。
定時制ながら編入したことで正式なメンバーとなり、練習時間も合わせやすくなった。
定時制が終わると、椿はメグの実家のライブハウスへと行く。
ライブのない日にメンバーは集まって、遅くまで練習をするのである。
「あのさ…ちょっといいかな?」
練習中、すず香はキーボードで曲を弾き始めた。
「これ…ちょっと作ってみたんだけどさ」
クラシックピアノの素地があるすず香は、作曲も少しだけ学んでいたことがあったらしい。
聴いてみるとしっかりしたメロディーで、
「これにさ、ノンタンなら作詞できるかなって」
本の虫で、前に児童館の本を全部読破したことがある慶子に、すず香は白羽の矢を立てたのである。
「うーん…でもすず香の頼みだから、頑張ってみる」
慶子はすず香からデータを受け取ると、帰路から曲を聴き込んで浮かんできたフレーズをスマートフォンのメモ機能に書き留め、それをまとめながら何とか土日の間に詞の形にした。
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