4 新参


 椿が加わったバンドは、たちまち形になり始めた。


「よくバンドはギターとボーカルで化けるって言うけど、マジな話なんだね」


 小柄でネコ毛のクセ毛をツインテールにし、星がついたヘアゴムでまとめてある椿が、軽くヘッドバンキングでリズムを取りながら、左手でメロディラインを奏でていくと、メグのベースと融合した整った形に変わる。


「すず香が目をつけただけのことはあるわ」


 メグはすず香を炯眼けいがんであるとつくづく感じたようであった。




 その椿は、


「ドラムどうする?」


 と訊いてきた。


「一応、キーボードにドラムラインを打ち込んで音にするようにはしてあるけど…」


「ドラムはコツが分かればやりやすいから、新人の子でいいから、すず香が誰か連れてきたら教える」


 というので、すず香は図書室にいたクラスメイトのひがし久保くぼ慶子のりこに声をかけてみた。


「ノンタンさぁ、ドラム叩いてみる気ない?」


「えっ…」


 すず香とは小学校からの親友でもある慶子は、図書室でのんびり過ごすのが好きな性格だが、音楽の雑誌をよく読みエアチェックも欠かさない。


 しかし楽器の経験は、ほぼない。


「なんかドラムって難しそう…」


「でもパーカッションは、前に学習発表会のときカホン叩いてたしょ?」


 カホンは手で叩くだけであったから、慶子もすんなりできた。


 しかしドラムとなると、勝手が違う。


「…ね、ノンタンお願いっ!」


「無茶振りだよ…私みたいのなんかより、もっと他に良い人がいるって」


 保留させてほしい、と自信のなかった慶子は返答を決めかねた。




 週末。


 慶子を連れてすず香が部室へあらわれると、


「ちょっとだけでも叩いてみる?」


 有無を言わさない椿のペースに少し困惑しながら、しかし慶子は言われるがままドラムの前に座り、少しだけ叩いてみた。


「タンタン、タタタンってやってみて」


 仕方なく慶子がスティックを手に叩いてみると、


「やっぱり前にカホンやってるからかもしれないけど、慶子って意外にセンスあるんじゃん」


 めったに褒めない椿が褒めた。


「へぇ…椿ちゃんも褒めるんだ?」


 すず香が思わず毒を吐くと、


「まぁね、これはって人だけは褒める」


 認めない場合、とおりいっぺんだけコメントをして、あとは無視をする椿の癖を、すず香は知っている。


「なんか、楽しい」


 慶子は少し乗り気になったので、さらに叩いてみた。


「あんた、なんか他にもパーカッションやってた?」


「カホンを学習発表会で叩いただけ」


 それで椿は理解できたらしく、


「この子、伸びるよ」


 しばらく体験レッスンをしてもらう形で、慶子の参加は決まった。




 しばらくして。


「ね、こんなのあるの知ってる?」


 美優が持ってきたのは、


 ──全国スクールバンド選手権大会。


 というパンフレットである。


 通称をスクバンという全国大会で、いわば高校野球における甲子園のようなものである。


「今からならまだエントリー間に合うから、とりあえず仮エントリーだけはしておいた」


 これにはその場にいたすず香も慶子も驚いた。


「いや、だってまだバンド名だって決まってないし」


 それも仮にだが「私がつけておいた」と美優は述べ、


 ──ロサ・ルゴサ。


 というバンド名にした、というのである。


「うちの校章、ハマナスでしょ?」


 確かに神居別高校の校章は、高の字があしらわれたハマナスの花と葉である。


「その学名がロサ・ルゴサだからつけた」


 それにしても、随分勝手な話ではないか。




 それでも美優は、


「目標があれば、練習だって頑張れるしょや」


 来月、つまり六月に神居別高校がある後志しりべし地区の予選が小樽であり、その後は札幌での北海道予選で代表が決まり、全国から三十二校に絞られたバンドで本戦のリーグ予選…という段取りで、


「そこまでの投票で一位を取り続けられたら、ベストエイトに残って決勝の横浜スタジアムに行けるって訳ね」


 ちなみに横浜スタジアムの決勝は十一月で、ネット配信で生中継もされる。


 部室のパソコンでランキングを見てみると、


「3766位…」


 つまり四千校近いスクールバンドと戦わなければならないのである。


「美優先輩、無謀ですって」


 慶子は目が回りそうになっていた。




 ついでに美優が調べた限りでは、北海道予選では強豪校が二校あるらしい。


「一つは函館の函館義塾高校。ここは昔から吹奏楽部とかも強いし、人気のあるスクールバンドも出してるから、そんなに驚かないんだけど…、もう一つがね」


 札幌にある穆陵ぼくりょう高校というところで、


「ほら、前にライラック女学院っていってたトコ。共学になって名前変わったらしいんだけど、ここなんかはライラック女学院の頃から人気はあるし強いしで、最大のライバルになりそうで…」


 ライラック女学院といえば、かつてはスクールアイドルから派生したスクールバンドの強豪校で、何人も有名になった卒業生を出している。


「だから、まずは札幌や函館みたいな都会の強豪校を倒さないと、うちら田舎の道立の高校なんかはまず全国に行けないって訳ね」


 それだけでハードルは高い。


 さらに言えば。


 地区予選から本選の決勝まで、全て未発表のオリジナル曲を出すルールがある。


「だいたいそこで脱落するらしいんだけどさ」


 そこは椿が作った『夢への扉』という弾き語りのナンバーがあり、とりあえずそれをバンド編成にすれば何とか乗り切れそうではある。





 すなわち。


 簡単にエントリーはしたものの、勝てる戦ではないという現実にあとから気付かされた恰好となったのである。


 そこで椿がひらめいたのは、


「美優ちゃん、トランペットから違う管楽器に変えてみるのはどう? 例えばサックスとか」


 確かに軽音楽の少人数バンドでトランペットは浮きやすい。


 逆にサックスなら違和感は減るであろう。


 しかし。


 これは美優がうなずかない。


「楽器を変えられるぐらいなら吹部に残ってた」


 まだ少しは未練があるのかもしれない。




 とにかくブロック予選までの時間もないので、とりあえずは今の編成のままで練習は始まった。


 慶子のドラムは思ったより上達が早く、半月ほどみっちり基礎をYou Tubeで見ながらやってみると、それなりのビートは叩けるようにはなった。


「ノンタンって独学のほうが覚えるの早くない?」


「両親ともそんな感じだからだと思う」


 事実、慶子の親は木工所で、


 ──なければ作る。


 というような気風で、独学で何かをすることのほうが多い家でもある。


 ブロック予選まであと十日ばかりとなった頃、コピーバンドとしてながら学校祭のステージで、初めてのお披露目があったのだが、


「案外イケるんじゃね?!」


 キーボードを打ちながら感じていたのはすず香であった。


「まぁブロック予選どうなるか分からないけど、始まったばかりだから」


 先のことは深く考えず、今できることだけを精一杯しよう──というのが、共通認識であったらしい。


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