3 難題

 弾き語りの彼女は、みずからをどうさわ 椿つばきと名乗った。


「私ね、集団行動は苦手なんだ」


 だから高校も小樽の通信制を選んだ──というようなことを椿はいってから、


「もし勧誘なら、いさぎよく今のうちに諦めたほうがいいよ。悪いこと言わないから」


 椿は平然と、まるでとどめを刺すようなことをいった。


 が。


 すず香の答えは椿には、予想外のものであった。




 椿はすず香の答えを、最初から見透かしていたようなところがあったが、そんなことは見越した上ですず香は、


「別にスクールバンドなんて、あなたを誘う気ないし」


 思わず椿は面食らった。


「あなたって、確か芸研部の子だよね?」


「うちの先輩たちは入ってほしいみたいだけど、私は無理に誘うの嫌いだからサ」


「それって…先輩になんか言われたりしない?」


「そんな程度でダメになる部活だったら、潰れたほうがマシだって」


 すず香はしたたかに言い放った。




 これには逆に、椿のほうが心配になってきたらしく、


「そんなこと言って大丈夫?!」


「椿ちゃん、さっき集団が苦手だって言ったじゃん。私だって団体でいるの苦手だけど、芸研部に入っちゃったから仕方なく割り切ってやってるんだ」


 すず香は、殻を割ったような言い方をした。


「…なんか誤解してたかも」


「?」


「あなたみたいに割り切って部活してる子、初めて会ったかも」


 どうやらそれまで椿が見た子は、違っていたようであったようである。


「だから、別にバンドにいなくたって命まで取られる訳じゃないんだし、それはそれでいいんじゃないかなって」


 すず香が椿以上に、ドライでくっきりした気質の持ち主であることに驚いたらしいが、


「でも、あなたとはなんだか気が合いそう」


 椿は握手を求めた。


 すず香は応じた。


 すず香と椿が意気投合するのに、さまで時間はかからなかったらしかった。




 ともあれ。


 そのような経緯で、すず香と椿はすっかり打ち解けたのであるが、何気なく同じ曲をピアノとギターで弾いているうちにウマがあったものか、


「初めてしたセッションが楽しかった」


 椿はそれまでにない快感を感じたようで、


「すず香とだったら、私は一緒に組んでもいいよ」


「…その上から目線、椿ちゃんらしいな」


 すず香は気にしていない様子である。


 そのようにして。


 たまにすず香の家のガレージで、すず香のキーボードに合わせて椿がギターを弾いたり、町はずれにあった椿の家の裏山で、椿のギターに合わせて二人で歌ったりすることを楽しむようになった。


 短期間ながらまるで幼なじみのように仲良くなったのであるが、


「すず香、例の弾き語りの彼女は?」


 何気なくメグが訊いた。


 すず香は椿の気性を理解し始めていたからか、


「メグ部長、あの子は無理です」


「なんで?」


「学校が違うからです」


 まずは事実を述べた。


「それにあの子はバンドに入りたくないって言ってるので」


 これは動かし難い難題であろう。




 だがしかし。


 メグは妥協しない一面がある。


「すず香が説得できないなら、うちが会う」


 会わせろ、と言い出したのである。


「それは…私は会わせたくありません」


「どうして?」


「私は彼女がバンドやりたくない理由を理解できるからです」


 引き会わせないのは椿のためでもあったかもしれないが、もしかすると、すず香自身のためでもあったかもわからない。


「…ったく、強情なんだから」


 メグは苦笑いをした。




 が。


 これに納得しなかったのは美優で、


「あなたってうちの部活がなくなってもいいと思ってるの?」


「なくなれとは思ってない。でも、無理をしてまでこだわることはないって私は思う」


 この一件で芸研部の空気が悪くなったのは事実で、


「それでも、私は違うものは違うと思う」


 すず香は一歩も退かなかったらしい。


 これを椿は、中学のクラスメイトであった高梨あかり──美優のライバルであった生徒でもある──から聞いた。


「すず香ちゃん、椿のために先輩と戦ったらしいよ」


 椿は胸を裂かれそうな思いがしたようで、


「そこまでして…なにもそこまでしなくたっていいのに」


 部屋で枕に顔をうずめると、一頻り声を放っていた。




 それで椿は意を決したらしく、


「あのねすず香」


 LINEで椿は、


「私、すず香のバンドに入る」


「そんな、無理しなくたっていいよ」


「これはね、言っとくけどすず香のためじゃない。私がやらなきゃならない役割が出てきたからやるだけ」


 この直後、椿はメグや美優と初めて対面したのであるが、


「噂以上の実力よね」


 美優は椿のアコースティックギターのテクニックの凄さをまざまざと見せ付けられたのか、


「これは一人で活動したくなるわ」


 苦笑するより他なかった。


 美優が特に驚いたのは、椿が左利きであるということであった。


「よくあんな窮窟そうな弾き方で器用にできるよね」


 とメグはいうのだが、


「昔からだから別に難渋さを感じたことはなくて」


 おのれの武器である、と言わんばかりのつらつきを椿はしてみせた。


 とはいえ。


 一人だけ椿は違う学校なので、サポートメンバーのような扱いで、加わることとなったのである。


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