2 現実
このようにして。
いわゆる芸研に新しいメンバーとして、すず香が加わったことによって、本格的に活動が始まった訳であるが、
「今までうち一人だったからさぁ、何をどうしたらいいのか分かんなくってさ」
と、メグは見た目にそぐわないことを言った。
「でもそんなこと言い出したらさ、私達だって分からないことだらけだよ」
美優は言った。
そこへ、すず香が部室へあらわれた。
「メグ部長、美優先輩…どうしたんですか?」
すず香は小首を傾げた。
「まるですず香ってさ、アイドルみたいだよね」
「?」
確かに、お嬢さまっぽいすず香が可愛らしいポーズを決めると、アイドルくさくなる。
「うーん、わたしは普通なんですけどね」
すず香にはそこがよく分からないようである。
美優は何気なく、
「そもそもどうして、無理してまで勧誘しなきゃならないいの?」
「それは…ほら、部費の問題とかあるし」
「つまりわたしたちが勧誘しなければ、ライブで稼ぐしかないってこと? 一応、スクールバンドだから?」
美優の意見は、ど真ん中を突く正論でもある。
「だけどさ美優、知名度も人気もないバンドが簡単にライブの収入だけで費用をまかなえると思う?」
メグの頭の回転の速さは、こんなところにあらわれたりもする。
美優は得心がいかなかったようで、
「無理な勧誘をしても辞められるのが関の山で、それなら入りたくなるような活動をしたほうが早い気がするけど…でも、なんか違うんだよね…」
「案外それは…当たりかもしれないです」
すず香が口を開いた。
すると美優は吹奏楽部のオーディションの話をし始めた。
「私は、最初はトランペットを吹くのが好きで
「美優先輩…」
「だから、好きなままでいられるってことは、大切なんだよ」
美優はすず香にほほえんだ。
すず香は前途の多難さを、なんとなく感じ取った。
ところで。
神居別高校は全校生徒が百十一人、三十人が各学年一クラスの他に定時制が各学年一クラス合わせて七人ずつ二十一人という構成である。
学校の創立は大正九年であるからかなり古いのであるが、部活動は芸研部の他にはバドミントン部や野球部、サッカー部、吹奏楽部などもあるものの人数は少なく、いちばん人数のいる野球部ですら、部員数は十一人しかいない。
他には生徒会があり、そこには生徒会議会副議長として、メグのイトコに当たる海老名香織がいる。
他にも野球部にはすず香の母方のイトコの
果然。
卒業生が何人かで集まって、酒の席になると最後に校歌を斉唱してお開きにする──ということも、往々にして間々ある。
くれなゐにほふ
なびく校旗は若人の 学びの城に立ち聳ゆ
意気軒昂と雄々しかる 研鑽の声つどひ聞け
という歌詞なのであるが、町でただ一つだけの公立高校なだけに歌える人も、かなりいるようであったらしい。
ちなみにメグの母親と美優の母親も同期の卒業生で、いわばどちらも親子だが先輩後輩の間柄となる。
メグと美優は互いに、
「生まれたときからの幼なじみ」
という関係性であり、メグは誕生日の遅い美優を、実の妹のように可愛がってもいた。
それだけに。
美優が芸研部に来てくれたのは嬉しかった反面、もしかすると吹奏楽部に残りたかったのかもしれない…と頭によぎる瞬間が、ないではない。
ただそれは杞憂であったようで、
「吹部で悶々としてたよりはいいかも」
美優はメグの憂慮をわかっていたのかもわからない。
連休の
「音楽教室の同い年で、ギターの弾き語りをする子がいるんですけど、誘ってみようかなって」
バンド編成にするには確かにギターとボーカルがいない。
それを考えたときには、うってつけの人材ではある。
「でも、前に別のバンドが声をかけたときに、結構いい条件だったはずなのに断わってるんですよね…」
すず香はそれで逡巡していたらしい。
「うーん」
メグは腕をこまぬいた。
「だけどさ、当たってみたら何とかなるかもしれないじゃない」
美優には存外、楽観的な面があるらしい。
すず香がその弾き語りの子をスカウトすることに決まったのだが、
「上手く行くかなぁ」
すず香は一抹の不安を拭えなかったようである。
日曜日の午後、音楽教室ですず香は例の弾き語りの子に声をかけてみた。
「あの…」
「?」
「もしかして、オリジナルの曲ですか?」
「うん」
弾き語りの彼女は答えた。
「プロを目指してるの?」
「うぅん、好きなように歌ったりしたいだけ」
だからバンドはみんな断わってる──まるで思考を先回りするかのように彼女は言った。
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