くれなゐにほふ浜梨の─School Band Story─

英 蝶眠

Episode1

1 起動


 地元の住民から、


 ──神高じんこう


 と呼ばれている北海道神居別かむいべつ高校には、風変わりなクラブ活動がある。


「芸能研究部」


 というのがそれで、ひと時代ほど前に流行ったスクールアイドル部のような活動もするのであるが、演劇やダンスなどもこなす。


 通称を芸研という。


 この芸研、意外と創部は古く昭和四十四年で、四十年以上の歴史があるのだが、近年は部員も少なく、平成の初期頃には休部になったり、廃部の噂も囁かれたことすらあった。




 その芸研部にはたった一人だが、佐久間 めぐみという部員──もちろん部長でもある──がある。


「別に部活なんてする気もなかったんだけど」


 と他日訊かれて愛は語ったのであるが、一年生のときの担任である、顧問の堤千尋という若い教師に頼まれて、仕方なく入った…といったいきさつがあったらしい。


「だって…赤点あったしさ」


 神居別高校に限らず地方の高校の中には、普通教科が多少赤点でも専門教科が問題なければ進級や就職に支障がないとして、普通教科の点数には多少は目をつぶる…といった実情もあるにはあった。


「部活やってたら、少し赤点でも補習で何とかなるしって言われたら、やっぱり考えるっしょや」


 見た目が完全にギャルな割に、愛はきちんと考えるところは考えていたらしい。




 ところで。


 その佐久間愛が三年生になって、


「新入生勧誘」


 という、難儀な作業をすることになったのであるが、


「いや、いったいどうしろって…」


 無理もない。


 部員一人の部活動に入ろうなどという奇特な学生は、きょう日なかなかあるものではない。


 そこで。


「あのさ美優みゆ、ちょっと手伝ってもらっていい?」


 声をかけたのは、クラスメイトで家も近所どうしの、同い年の幼なじみでもある鳥飼とりかい美優である。




 はじめ美優は乗り気ではなかったらしく、


「えー」


 素っ気ない声で返したが、


「…まぁメグの頼みじゃ、しょうがないか」


 それに、と美優は、


「早く帰ったところでママはパートだし、パパは単身赴任だし」


 ついでながら美優の家は自衛隊で、父親は今は単身で静岡の御殿場にいる。


「で、パパに会いに静岡行ったら、向こうはラブライブサンシャインの聖地だからキャラクターだらけで」


 御殿場の赴任先から沼津まで足を伸ばしたときに、美優はその光景を見たらしい。


「あんまりアニメには興味なかったんだけど、ああいうアイドルみたいな華やかな世界って、意外に合ってるのかなって」


 美優には客観的な視観がある。




 余談ながら美優はギャルではない。


 私服はどちらかといえば原宿系で、少しパンキッシュなファッションで、札幌まで二時間近くもかけて長距離バスで遊びに行ったりもする。


「でもさ、歌って踊るだけならつまんなくない?」


 メグは本音が出た。


「まぁメグはベースギター出来るし、バンドやりたいって言ってたよね」


 ちなみにメグの父親は、町内でただ一軒のライブハウスを経営している。


「だいたいどこのバンドも、いいベースがいないって困ってるの見ててさ。だったらベース弾けたら、つぶし多少きくかなって」


「私はちょっとしか楽器吹けないけど、だったらボーカル探してバンドやる?」


 美優の軽い思いつきに近い提案で、この物語は始まった──といっていい。




 美優は一年生のときから吹奏楽部に一応いたのだが、


「部内のオーディションだと落ちっ放しでさ」


 楽譜どおりに吹けるには吹けるのであるが、トランペットの上手い、天才的な演奏をする高梨あかりという生徒がいて、いつも部内オーディションでは負けていて、少しやる気をなくしかけていたらしい。


 そんなときの、メグの誘いである。


「だったら芸研に鞍替えしてもいいかな」


 ごく軽い気持ちでの、芸研への移籍であった。


 吹奏楽部でも別に高梨あかりがいることで、美優が抜けることに問題はなかったらしく、


 ──他にやりたいことが見つかったのだから。


 といわれ、美優が拍子抜けしてしまうほど、あっさり移籍の許可が出た。


「なーんだ…私、そんな重要視されてなかったのかぁ…」


 しかし。


 これが原因で、灰神楽が立つほどの大騒ぎを演ずるに至るのであるが、それははるかなのちの話である。




 話が少し戻る。


 新入生の勧誘をメグと美優ですることになったのであるが、何しろメグはギャル系、美優はパンキッシュな原宿系で、両人とも制服の黒のブレザー姿ではあるが、メグは髪をクルクルにカールさせてスカートは短めにし、美優に至ってはショッキングピンクの小さな頭蓋骨スカルがついたヘアゴムでサイドテールに髪を留めてある。


 みな恐れて、誰も近づかない。


「別に取って食う訳じゃないんだけどなぁ」


 メグは苦笑いする他なかった。


 そうした中、


「…あの」


 声をかけてきたのは、見るからに清楚なお嬢さまのようなストレートのロングヘアで真っ赤な縁の眼鏡をかけた、いかにも物静かなたたずまいの新入生である。


「あの…芸能研究部って、どんなことをするんですか?」


 一瞬だけメグは言葉に詰まったが、


「…簡単に言うと、芸能活動をする部活動かな」


 実のところメグは、芸研にいながら実家のライブハウスでベースのサポートメンバーとして、たまにベースギターを弾いたりする。


「たまたまうちは楽器だけど、先輩には歌ったりダンスしたりしてた人もいたから、なんか興味あるなら来てみる?」


 メグは人に対し、垣根を作らないところがある。


「…はいっ!」


 そこで彼女は初めて笑顔になった。




 その新入生は長橋ながはしすず香、といった。


「クラシックピアノを習っている」


 というすず香だが、


「わたし、実はジャズとかポップスとかのほうがやりたくて」


 それで「表現の幅を広げるために」という理由で、芸研に入るつもりであったらしい。


「いや…うちの部、そんなにお高くとまってる部活動じゃないしなぁ」


「…ダメ、ですか?」


 小柄なすず香は、背の高いメグを凝視した。


 おのずと上目遣いになった。


「ダメじゃないけど…一応、千尋先生に訊いてみるね」


 メグは千尋先生にうかがいを立ててみた。


「やる気がある子なんだし、別に良いと思うけど」


 千尋先生は瑣末なことを、いちいちごちゃごちゃと言わない性質であるらしい。


「じゃあ、決まりだね」


 メグの一言に、すず香は眼鏡の奥の瞳を輝かせていた。


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