3話 ガラスの猫を磨いといたよ。
七星の
てんとう虫が
ささやく声(ね)
ねじ巻き黒句
あ~あ、商店街の表通りから、賑やかな声が聞こえる。
路地裏のねじ巻き時計専門店にも、カムヒヤ~\(゜□゜)/
俺は黒猫。シャイな黒猫。粋な黒猫。
俺の本住まいは、ねじ巻き時計専門店だ。
店の無口な店主は、俺に、黒句と書いて、『クロック』
と読ませる名前を付けたが、無口な店主以外、その名前を呼ぶ奴はいない。
しかし・・・退屈だ。
可愛い猫が店先にいると、お客が釣られて店に入ってくる、とか思って、店先に座っていたが、誰も入っては来やしない。
人通りの少ない、商店街の路地裏だから、仕方ないか
それに、俺、愛想ないし・・・。
こんな時は、現実逃避に、自分に酔って、気持ち良くなるのが良い。
俺は、ピッカピカなステンレススチールの柱に映る自分の尻尾の美しさに酔ってみた。
神秘的な漆黒(しっこく)の長い尻尾だ。
「ナルシストな黒猫よ」
誰かが、そう囁いた。
見ると、ステンレススチールに映る俺の額に、七星天道虫が、停まっていた。
しかし・・・1人酔ってる所を、見られていたとは、
いと恥ずかしき・・・
「ナルシストな黒猫よ、お前の自惚れがリンクを繋いた」
「リンク?何?何の前触れもなく」
「見よ、あの喫茶店を」
ねじ巻き時計専門店の向かいに、こちらよりも幾分、客の出入りがある喫茶店がある。
グラスや皿を磨くのが趣味の店主がやっている客席10席の小さな喫茶店。
俺調べで、1日の客は10人。
ほぼ常連の同じ顔ぶれだ。
それぞれが、それぞれの時間にやってきて、必ず決まった席で、ひと時を過ごす。
まるで専用席かのように、決して他の席に座らない。
そう言った決まりがある訳では、ないらしいが・・・。
しかし、よくこの客数でやっていけてる。
ウチのねじ巻き時計屋にも言えることだが、この路地裏の店は、そんな店ばかりだ。
路地裏は魔化不思議な巣窟だ。
夕方の5時前、この時間に、寛(くつろ)いでいるのは、進学塾に行く前の、1人の女子高生。
彼女の専用席は、外向きの、ねじ巻き時計屋の真ん前。
ちょうど俺が座ってる目の前だ。
彼女はそこで、勉強をしたり、携帯をイジったり、ボーとしたり、俺をじーと見つめたりしながら、小一時間、時間を潰す。
これは秘密だが、喫茶店の前を歩く人間の目線では、見えないが・・・
・・と言っても、前を歩く人間など、殆どいない。
喫茶店の外向きの席に座る彼女の真っ白なパンツは、猫の俺の目線からでは丸見えなのだ。
そんな丸見えの状況なのに、彼女は「じー」と、無防備な視線で、俺の漆黒な尻尾を見た。
ちょっと罪悪感を感じなくもない。
「聞け、ナルシストな黒猫よ。
秘められた真っ白なパンツと、漆黒(しっこく)の尻尾は、
IDとパスワードを意味する。
そして両者が揃うと、ランダムで路地裏の摩訶不思議な何かが起動する」
と、俺の耳元に移動したてんとう虫は囁いた。
「路地裏の摩訶不思議な何かが起動する?」
喫茶店の奥の棚に飾られている、置物のガラスの猫が、目を覚まし、背伸びをした。
「ナルシストな黒猫の強い自惚れ想念が、路地裏の摩訶不思議な何かを通してガラスの猫に届き、魂に火がついたのだ」
「あっ、あれは、雛形さんが作ったガラスの猫」
「そう、お前の分身たるあのガラスの猫は、天賦の才を有する芸術家のみが作り得る、魂が篭(こも)った芸術品だ」
「凄い、凄いよ。雛形さん、やっぱし雛形さんは天才だったんだ!
100円でしか売れないのは、まだ時代が追いついてないだけなんだ!
嬉しいーーーー!早速、電話でお知らせだ♪
・・・って、俺、猫だった・・・電話なんか持ってないじゃん」o(_ _*)o
店主はこの時間、女子高生が注文した軽食を、厨房の奥で調理している頃だ。
今、店には彼女一人だ。
ピッカピカに磨かれた透明なガラスの猫は、「スッ♪」と棚から飛び降り、カウンターテーブルの上を上品に歩いて、彼女に近づいた。
動くガラスの猫の存在に、彼女は「ハッ!?」とした。
するとピッカピカに磨かれ、透明感いっぱいのガラスの猫の身体に、
彼女が心の奥に閉じ込めていた想いが、「ふぁっと」吸い寄せられた。
彼女は、まじまじとガラスの猫を見つめた。
すると、彼女の目から、涙が零れおちていた。
ガラスの猫の身体には、家にも学校にも、居場所がない彼女の『今』が映し出された。
その映像には、脆いガラスの猫の身体が、割れてしまうんじゃないかと思うほどの、
惨劇も含まれていた。
それでもガラスの猫は、悠々と、綺麗な長い尻尾をゆらゆらと揺らした。
ガラスの猫の身体には、彼女の『今』の映像は消え、彼女の『未来』が映し出され始めた。
ガラスに映る『未来』の彼女の側には、優しげな人が、落ち込んでる彼女を元気づけようと、話しかけた。『未来』の彼女は、照れくさそうに微笑んだ。
それを見ていた、『今』の彼女の表情から、笑みが零れた。
ガラスの猫は「どう?」と彼女を見つめると、彼女にそっと身体を寄せ、外にいる俺に「チラッ」と視線を贈った。
彼女も、同じく俺に視線を贈った。
俺はそれに答えるように、漆黒の綺麗な尻尾を振ってみせた。
「それでは、そう言う事だ」
俺の頭の上にいた七星てんとう虫は、そう言うと、路地裏の空へと、飛んで行った。
路地裏の空を見上げながら、詠んだ一句。
読んでいただき、ありがとうございました。(*v.v)。
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