余話

 大島青年は手の中に握りしめていた薬瓶を、杉田春美の手に握らせた。

『勿論、今僕に告白されたからといって、貴方がすぐにそれを受け入れてくれるとは思っていません。だから、もし僕の言葉を心から受け入れてくれる気持ちになったら、その時にはこの薬をんで、お返事をしてください。それまで僕はいつまでも待っていますから。僕一人の為だけに輝いてくれる日がくるまで』


 春美は薬瓶を握りしめ、大島の顔をじっと見つめ、そして彼の投げかけた言葉を噛みしめるように頷く。


 その目からはまた涙が溢れてきた。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 話はこれで終わりだ。

 何だって?

”随分中途半端な終わり方じゃないか?最後まできっちりケリをつけろ?”

 訳の分からんことを言うなよ。

 俺は別にメロドラマを書いてる訳じゃないんだ。

 これは記録なんだぜ。

 俺の目の前で起こったこと、確認したことを記しているに過ぎん。


 しかし、ここまで読んでくれたんだ。

 サーヴィスで話してやるよ。

 大島康雄はあの後俺の事務所オフィスにやってきて、

”助かりました”といい、探偵料ギャラと、必要経費を明細までつけて正確に日割りで支払ってくれた。

 彼女とは今でも交際を続けているという。

 ただ、今のところはまだあくまでも”良き友人”としてだそうだ。

 写真も見せてくれた。

 二人で上野公園に出かけた時のものだそうだ。

 意外なことに、杉田春美の痣はそのままである。だが、心なしかその色が薄く、大きさも縮んでいるように見える。

 長かった髪は肩ぐらいまでカットし、パーマをかけていた。

 服装も以前のようなモノトーンではなく、クリーム色のカーディガンに、小さな白い花柄を散らしたブルーのワンピースという、明るい感じになっていた。

 淡いピンクの口紅に、うっすらと頬にファンデーションも塗っている。


 あの解毒薬はまだんでいないのか?俺が訊ねると

”僕も幾度か彼女にそれを聞いてみました。”彼の言葉に春美は、

まだんでいないわ。でももうしばらくして、本当に自分が貴方に相応ふさわしい女性になれたと確信出来たら、その時には・・・・”と答えたそうだ。


 その後、大島康雄は作家として認められ、弁当屋のバイトをしなくても、文筆だけで生計を立ててゆけるようになったという。


 二人がどうなったのか・・・・そこまでは俺も知らない。


                            終わり

*)この物語はフィクションです。登場人物、出来事その他全ては作者の想像の産物であります。

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僕の宝石 冷門 風之助  @yamato2673nippon

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