その5

『あなたの顔に出来た痣は、病気ではない。貴方のお父上、つまり先々代社長の杉田弘氏が開発した、この薬によって作られた。つまりは人為的なものであったということです』


 大島は改めて驚いたような顔で俺を見た。

 

 俺はICレコーダーを取り出し、この間面会した小野社長とのやり取りを再生して見せた。


 薬学博士でもあった社長の杉田弘氏は自分の子供達、分けても容姿を鼻にかけ、性格が歪んでしまった娘の春美の事を常に気にかけていた。

 杉田氏は生前小野氏にこう言ったという。

”しかし娘は本当は心の優しい、思いやりを持った娘だ。しかし周りの誰もが彼女の容姿など、目に見えるものばかりに気を取られて、その資質に気づいていない。そこで私は悪魔の実験を彼女に施すことにした”


 杉田氏のいう、”悪魔の実験”というのは、彼が会社に内密で開発した薬を娘に投与することだった。


 その薬というのは、ヒトの細胞を変形させ、特定の場所の色素を増殖させてしまうこと・・・・すなわち”痣”を人為的に生じさせる作用のある薬剤のことだった。

 彼は娘を上手く言いくるめて、この新薬を服用させ、そうしてあの痣を作ったのだ。

 思惑通り、娘の顔には大きな痣が出来、それを気味悪がった人々、特に男たちは彼女の周囲から遠ざかっていった。


 彼女も痣のお陰で心を閉ざすようになっていった。

 これまで自分の周囲に近づいてきたのは、全て外見だけに惑わされた人間だったのか・・・・そう思った彼女は、会社も辞め、引きこもるようになり、やがては家から出てしまった。


 しかし父親の弘氏は、安全装置を用意していた。

『それがこの白い薬瓶というわけです』俺はそう言って、蓋を取り、座卓の上にティッシュペーパーを置き、その上に錠剤を並べた。


『これは、その痣を消すことの出来る唯一の解毒薬だそうです。娘の内面にある優しさを理解する人が出てきたら、これを渡してやって欲しい。そして幸せな人生を歩んでほしい。それがあなたのお父上である、杉田弘氏の遺言だったそうです』


 俺はレコーダーの中の小野社長の言葉を補足しながら、錠剤を元通りに瓶の中に戻すと、それを大島青年に渡し、


『俺の見たところ、この薬を受取る資格があるのは、今のところこの世界では君だけのように思う。どうだね?』と告げる。


 彼は黙って薬瓶を受取ると、掌ににぎりしめたまま、真っすぐ春美の顔を見てこういった。


『春美さん、僕は貴方が好きです。僕は貴方の勤めている会社に弁当を配達するたびに、貴方が花瓶の花を換えているのを知っていました。些細なことですけど、ああいう行為は本当に心の優しい女性にしか出来ないと思います。』


 春美は彼の言葉を聞き終わると、俯く。

 その瞳からは涙の粒が流れ、座卓の上に落ちた。

 彼女は取り出したハンカチで目を抑えるが、あふれ出た涙が抑えても抑えても、次から次へと流れ出てきた。

 


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