その2 

『正直言って、第一印象はあまりいいものではありませんでした』

 彼女は事務所のカウンター越しに、弁当を受取り、代金を払ってくれたのだが、終始無表情で全く愛想がなかったからだ。

”なんだよ。この女”

 正直、そんな気持ちがしたのは確かである。

 その後同じ時刻になると毎日のように弁当を届けに行った。

 

 彼は毎日のように弁当を配達に行った。

 受け取るのは春美の役目だったが、愛想のなさと陰気さは変わらない。

 その原因の一つは外見にあるというのは誰にもすぐに分かった。

 杉田春美は、顔の右半分に大きな痣が覆っていたからだ。


 何度か大島の方から話しかけてはみたが、事務的な言葉が返ってくるばかりであったという。

 しかし、そうして何度か通っているうちに、あることに気づいた。

 彼女は事務室と受付を隔てるカウンターの、すぐ手前に席があるのだが、カウンターの上に一輪挿しの花瓶が置いてあり、そこに挿してある花が、毎日違っていた。

 ある日のこと、彼は一か月分の弁当代を集金に、いつもとは違った時間に訪問したのだが、そこで杉田春美が花を活け替えているのを見たのだという。

『その時の彼女の顔が、いつもみたいな陰気ではなくて、何だかとても可愛らしく見えたんです。僕は思いました。”この女性ひと、本当は優しい性格なんだな”って、そういう女性、僕は大好きなんですよ』

『そこで、俺に調べて欲しいと、こういう訳かね?』


『ええ、そうです。何とかお願いできませんか?』

 正直、物好きな男だと思わないわけではなかったが、しかし彼の目は真剣だった。

『分かった。やってみよう。だがくれぐれも言っておくが、俺がやるのは彼女のパーソナルデータを調べる事、それ以上は何もしない。料金ギャラは一日六万円と必要経費、そして万が一にでも武器を使用するような荒事が発生したら、プラス四万円を危険手当として割増しさせて頂く。それでもいいというなら引き受けよう。』

 俺の素っ気ない言葉に、彼は、

『引き受けてくれるなら、お金はどんなことをしても払います』と約束し、差し出された契約書に、速攻でサインをした。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 まず俺は杉田春美の日常について調べ始めた。

 彼女はこの会社の事務員として働き始めて、凡そ10年になるという。

 勤務態度は極めて真面目、就業時間の約1時間前には出社して、丹念に掃除をしている。仕事ぶりもほぼ完璧だが、終業時間きっかりになると、いつも先に帰ってしまう。

 残業は余程特別な場合を除いて滅多にしない。

 それに、やはりあの顔だ。

 同僚とは仕事以外で口を聞いたことはまずない。

 


”何しろ陰気でしょう。こっちが話しかけても黙っているか、簡単な答えを返すぐらいですからね。やっぱり・・・・”と、言葉を濁らせる。

 彼女の直属の上司の答えだ。

 当り前だが、アフターファイブに呑み会に誘われたこともなければ、忘年会だとか、新年会、或いは歓送迎会といった、社内の親睦を兼ねた付き合いでさえ、

『家で用事があるから』といって、滅多に出席したことがない。

 たまに出ても、

『みんなが嫌がるでしょうから』という理由で、最初の乾杯だけで、直ぐに抜けてしまうという。


 年齢は、入社の時の履歴書によれば、もう36歳を過ぎているそうだ。

 吉祥寺の少し先の古い木造アパートに一人で暮らしているという。


 彼女の住んでいるアパートの大家によれば、

”確かに陰気ではあるけれど、家賃は毎月ちゃんと払ってくれるし、こっちが挨拶をすれば返してくれるし、礼儀正しい、素直な人なんですけどね・・・・”と言っていた。

 他の住人達も、

”まあ、そんなに悪い人じゃないですよ。ただ・・・・”


 と、やはりここでも誰もが言葉を濁らせる。やはり”顔の痣”について、気にしているんだろう。

 

 杉田春美は新卒で今の会社に入って来た訳ではない。

 中途採用というやつで、ある日”就職情報誌を観てきました。”と、募集広告の載った雑誌と共に、履歴書を持ってやって来たという。


 俺は社長に頼み込んで、その時の履歴書を見せて貰ったが、東京都内の某私立有名女子大学の英文科を卒業しており、中学校と高校の教員免許(英語)を所持しており、その他にも英文タイプライターは一級、英検は二級の資格を持っていることも判明した。


”もう少し調べてみるかな・・・・”俺は思った。

 

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