第4話 星降る夜には願い事を


「あ、また流れた」



 赤く暗い空に白い軌跡が流れた。



 ここ最近、1時間に数十個の星が流れるという噂を聞いて、あたしは彼と氷点下の外に出た。



 この100年の間に人工太陽はどんどん機能が低下してますます暗くなった。

 大気温が下がり続け、街は以前のシェルターの上からさらに頑丈なシェルターで覆われた。



 わざわざ氷点下の街の外に出る物好きはいない。

 だけどあたしはどうしても流れ星が見たくて、服をいっぱい着込んで彼と一緒に街の外に出た。



 暗くて赤い人工太陽と漏れ出したガスが空を赤く染めている。


 昔、空が青かった頃の写真を見たことがある。けれど子供の頃から赤い空しか見たことが無いから青い空は不気味に思えた。


 この日の赤い空は綺麗だった。




「ほら、いっぱい流れたよ!」


 暗くて赤い空に一度に数十個の白い弧が描かれた。



「流れ星に願い事をすると、その願いは叶うんだって」

「うん、3回願い事をするんだよな。流れ星は一瞬しか見えないから、現実的には無理だけどね」


 昔読んだ御伽噺おとぎばなしに書いてあったことだ。星に願いを、ロマンティックな言葉だ。

 そんな言葉に現実的な事を彼は言う。そう、あれが流れ星なら無理だろう。



 でもあたしたちは知っている。


 今、空に現れる軌跡が流れ星では無いことを。

 

 それは人工太陽の部品だということを。



 第2人工太陽は完全な失敗作。燃焼効率を落としたために中のガスが外壁に長い時間強い圧力をかけ続け崩壊し始めたのだ。


 今は小さな部品だけが剥がれ、大気圏に突入して燃え尽きている。


 けれどいずれ崩壊の速度が早まって、大きな部品が剥がれ燃え尽きずに地表まで落ちてくることが分かっている。


 それが何時のことかは分からない。あたしたちが生きてる間にはそうならないかも知れないし今夜かも知れない。



「今日はたくさん流れるね。もう100個以上流れたよ」


 きっと崩壊の速度が上がってきたのだ。



 人工太陽を制御出来なくなった人類は、半年先に移動ロケットで他の惑星を探す旅に出る事が決まっている。


 そして1000年前と同じく、居住地によって乗るロケットが決められている。



 あたしと彼は別のロケット。このままだと別れなければならない。



 煮え切らない彼を待ってる暇は無い。だから願い事をしに来たんだ。

 雨のように流れ始めた軌跡は途切れることが無いからゆっくりと3回願い事を言える。星じゃないとか言わないでよ。



「あたしと結婚してください!あたしと結婚してください!あたしと結婚してください!」



 中規模な崩壊が起こり破片が大気圏に降り注ぎ始めた。雨のように流れる軌跡。地表まで届くものも有るかも知れない。



「さあ!願い事の返事は?」

「うん、結婚して一緒のロケットに乗ろう!」


 あたしは彼に抱き付いた。どんな未来が来ても大丈夫。


 彼の温もりで、あたしの涙は凍らない。



 ーー了ーー

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星降る夜には願い事を 柏堂一(かやんどうはじめ) @teto1967

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