第7話
「負けちゃったなー………あははー………」
時雨沢による宇喜多さんの公開処刑が終わって、宇喜多さんがこちらへと歩み寄ってきた。
ちょっと、目から光を奪われてるんだけど、大丈夫?
時雨沢に五感を奪われたりしてない?
「お疲れ! 時雨沢さん、上手かったなー」
サトルはそんな宇喜多さんに声をかける。
流石イケメン、さらっと相手を持ち上げつつ敗者もフォロー。完璧なことで。
「えっと、その、ごめんなさい」
時雨沢は宇喜多さんに近づいて、両手の指を胸の前でもじもじとさせながら言った。
流石に悪いと思ったらしい。
「あ、ううん! 大丈夫だよ、気にしないで! 楽しかったし!」
「え………、宇喜多さんって虐められたい趣味でもあるの? ドMなの?」
「そんな趣味ないよ!? てゆーか、一回オブラートに包んだのに、なんで言い直したのかな!?」
「いや、そっちの方がわかりやすいかなって」
「そんな―――、あれ、もしかして馬鹿にされてる?」
宇喜多さんが自らに対する評価に気付き始めたので、話題を逸らそうと、
「それより、そろそろ違うところ行こうぜ。立ってるのも疲れたし、座れるゲームがいいな、ほら、スロットとか」
エアホッケー場にこれ以上いるのも、恋愛病のサトル的にもあまりよくないだろうし。
恋愛病治療も大事だが、サトルの精神状態を管理するのもドクターの務めだからな。
「高校生とは思えないチョイスね………」
時雨沢が細めた目を俺に向けて言った。
「なんでだよ、スロットいいだろ。何も考えずにボタン押すだけだぞ。虚無を感じることができる、あの感覚は捨てがたい」
「破産願望でもあるのかしら?」
「折角みんなで遊びに来たのに、一人になろうとするんだ………」
あははと苦笑を見せる宇喜多さん。
うるさい、人には一人になりたい時もあるんだよ。
なんて雑談をしていると、サトルが、
「いや、時雨沢さん、次は俺と勝負しない?」
――――――血迷ったことを口走った。
「サトル………、それ、マジで言ってる?」
何かの冗談だろうと、サトルに耳打ちするようにして聞いてみる。折角、俺がエアホッケーから意識を逸らそうと頑張ってたのに、水の泡にしようとするんじゃない。
「え、マジだけど」
「悪いことは言わん、やめとけ」
「なんで?」
「なんでってお前、時雨沢との試合なんてアホだろ」
アホとは、
時雨沢と試合をすること自体が、サトルにとってもドクターである俺にとってもデメリットでしかない。だからこそ、俺はエアホッケー場からさっさと退散したかった。
時雨沢に想いを寄せるサトルは、時雨沢に勝つことも、負けることも許されない。
勝ってしまえば時雨沢に不快感を与えてしまうかもしれない。
だが、負けてもサトルに対する評価は落ちるだろう。
どちらに転んでも、サトルにとっては好感度の落ちる結果となる。つまるところ、どっちが強いかわからない、という今の状況が理想だ。
恋愛病を治すのには、相手からの好感度が低すぎて失恋した、という結果に終わるわけにはいかない。あくまで、こちら側の相手に対する好感度を下げなけれは意味がない。
相手への好感度が高いまま失恋したとしよう。恋愛病を拗らせていると、割とマジで死にたくなる。ソースは俺。
サトルみたいに根が真面目なやつほど陥りやすいパターンだ。そのあと腐るけどな。
だが、サトルほど良い奴が腐るのは、親友として見過ごせない。
恋愛病の治療には、裏切られたり、諦めさせられるのではだめだ。
自発的に諦めることにこそ、救いがある。
自発的に、というのが肝。
そんな思いを込めての言葉だったんだが。
「タカ、いいか?」
サトルは諭すような声音で俺の肩に手を置くと、
「そこに壁があるから、俺は挑むんだ」
「何言ってんだお前」
わかった、こいつアホだ。
クラスで上位カーストのリーダー的ポジなサトルは、俺なんかよりも人との付き合い方を熟知しているだろう。俺ですら恋愛病患者にとっての、時雨沢と試合をすることの意味を理解しているのに、サトルがそれに気づかないわけがない。
つまり、わかっている上で、言っているのだろう。
こいつはアホだ。
「今度は神殿君とやればいいのかしら?」
「もちろん、時雨沢さんが嫌なら無理強いはしないけど……」
そう言って、サトルは俺を一瞥する。
「………?」
まさかとは思うが、俺にも説得させたいのか?
だが、残念ながら、今の俺はサトルの敵だ。むしろ、邪魔をしてやる。
「しぐさ「ね、どう?」……」
……こいつ、俺に被せてきやがった。
俺に後押しさせたいんじゃなったのか? いや、むしろ何も言うなという合図だったか。
それを受けて、時雨沢は俺と宇喜多さんの方を一瞬だけ見やると、
「……わかったわ」
と、承諾。
「よし、じゃあ決まり! 絶対勝つ!」
「負けてあげないわよ」
「二人とも、頑張れー!」
無駄にやる気を出す二人を、俺の隣で応援する宇喜多さん。
「…………」
そんな三人を視界に入れながら、俺は唖然としていた。
……時雨沢の様子が変だ。
いつもなら「こんなものは時間の無駄よ」とかいいそうなものどけれど、あっさりとゲーセンについてきたり、宇喜多さん相手にやる気を出したりと、今日はやけにアグレッシブ。
やはり、二年に進級して、心境の変化でもあったのだろうか。
なんだか、少しだけ小学生の頃に戻ったような気さえしてくる。
「じゃあ、最初は時雨沢さんからでいいよ」
「………いいのかしら? 私が有利になるけれど」
「もちろん。それに、時雨沢さんのスピードに慣れておきたいっていう打算もあるから、気にしないでいいよ」
「そう。なら、遠慮なくいかせてもらうわよ」
いつの間にかそれぞれ台に移動していた二人は、お互いに睨み合いながら、構える。
こいつらエアホッケー選手権にでも参列するつもりなの? 住む世界間違えてない?
時雨沢はしっかりと落とした腰を起点に、上半身を回転さながら、
カァン!
腕と手首にしなりをのせて強打。先ほどまでの音とは違う、さらに強烈で甲高い音がゲーセン内に響き渡る。
その瞬間、ゲーセン内の客の視線がこちらに集まったのがわかった。
「っ!?」
サトルはそれを前に、ゴール前に置いていたプッシャーを動かすも、
スコンッ!
と、爽快な音を立てながら、パックはそこへと吸い込まれていった。
サトルですら反応できない速さかつ、正確さ。エアホッケーのプロ大会とかあったら、確実にスカウトされるだろう一発だった。
「わー。私とやった時、本気じゃなかったんだー。あははははー」
宇喜多さんは無表情のままそう笑う。何を感じているのかはわからないが、多分本人もわかってなさそう。
しいて言うなら、すごすぎて唖然としている、といったところか。
てかその顔で笑うのやめて。怖い。
「じゃあ、次は神殿君の番ね」
「…………勝てるかなぁ」
そうして、二人の勝負の火ぶたが切られたのだった。
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