第8話
そういうのは別のところでやれ―――そんな勝負を繰り広げ終えた時雨沢とサトルをつれて、俺たちはゲーセンの施設内にある休憩所で骨休めしていた。
「………なんか、しっくりこないな」
と、サトル。
「まあ、勝ち逃げみたいな感じだったからな」
二人のエアホッケ―最強対決決定戦は、サトルの辛勝に終わった。
最初こそ時雨沢の圧倒的な猛攻を前に、サトルは防戦一方だったのだけれど、そのうち時雨沢の体力が尽きてきて、どうにか勝利をもぎ取ったという形だった。
サトルの粘り勝ちといったところか。
ドクター的にはせめて負けた方がまだ良かったんだが……、終わったものは仕方ない。
帰宅部かつ本の虫に、二連戦は厳しかったのだろうと諦めるしかない。
それにしても初めてみたわ、ゲーセンのギャラリーとか。
「とりあえず、どこかで休憩しない? 私、なんか疲れちゃった……」
ベンチでぐったりとしている宇喜多さんが言った。
「それには賛成ね………。神殿君がしつこいから……」
その隣で腰を落ち着かせている時雨沢もまた、ぐったりと。背もたれに思い切り背中を押し付けて、完全に脱力していた。
これは、明日は筋肉痛コース間違いなさそう。ご愁傷様。
「あはは……、つい熱くなっちゃってな。ごめん、ごめん」
サトルは壁に寄りかかりながら、時雨沢をのぞき込むように体を傾けて、苦笑する。
流石にバスケ部というだけあって、サトルに疲労の色は全く見えず、相も変わらず平常運転だった。
と、そこで。
~~~♪
俺のスマホが震動し始めて、SNSの通話を知らせる音楽が鳴り響く。
「悪い。ちょっと出てくるわ」
「おう、気をつけてなー」
俺は「へいへい」とだけ返して、三人から離れる。
途中、誰からの受信なのかを確認してみると、まさかの時雨沢母――――、時雨沢美穂さんからだった。
時雨沢に家庭教師を頼む際、一応ということで連絡先の交換を済ませたんだが、一度たりとも使われたことはない。
何か用事だろうか。
「もしもし」
『あ、もしもし、綾鷹君?』
スマホ越しに聞いた美穂さんの声は、艶やかで大人っぽい声だった。耳元でささやかれると、ダメなタイプ。
やだ、変な気分にさせられそう。
なんて表に出すわけにもいかず、俺は努めて平坦な声で、
「はい、そうですが」
『ごめんなさい、急で申し訳ないのだけれど、近くに三徳(みのり)がいたりしないかしら?』
どうやら俺自身、というよりは時雨沢(娘)の方に用事があるらしい。
だが、時雨沢もスマホくらいは持っていたはずだ。
「時雨沢――――、娘さんなら一緒にいますけど、なんで俺に?」
『ああ、よかった…………。あの子、携帯の電源を切っているみたいなのよ。それで、綾鷹君なら一緒にいるんじゃないかなって思ってね』
「ああ………」
確かに、あいつの門限の時間はそろそろ近いし、今日は授業もないので早退の日だから、今の時間に帰ってないとなると、心配になって電話をかけたくもなるだろう。
だが、本人に電話ができないから、身近の知り合いにかけてみたら、見事ビンゴしたと。
でも、一緒にいるんじゃないかっていう予想はどうかとおもう。そんなに親しくしていた記憶はない。
「多分、始業式が始まるから前もって切って、そのままにしてるんじゃないですかね」
『ああ、そういうことね。でも、綾鷹君が一緒なら安心ね』
「そこで安心されるのは違うと思いますが」
『うふふ。だって、あの子は綾鷹君を信用しているから』
「はぁ…………」
それはない。
と、いつもなら否定するところだけれど、流石に幼馴染の母親相手に言うのは、少し憚られて、曖昧に返した。
『ほら、あの子って、綾鷹君に勉強を教えているじゃない? それも、二人っきりで。普通なら警戒しちゃうわよ?』
「それはまあ、そうかもしれませんが……、普通に家に家族もいますし」
それに、勉強を教えてもらっているのも、俺の家にある客間の一室を使っているだけだ。
信用とは違うと思う。
『それでも、よ。あの子、中学の頃は色々あったから………』
「色々、ですか」
―――――それは、もしかして、昔と今で性格が真逆になってしまったことの原因ですか。
その質問は俺の喉元まで出かかって、口元で止まる。
誰にでも踏み入れられたくない部分はあるし、その線引きはするべきだ。
それに、それを美穂さんから聞くのは、なんか違う。
『…………ほら、やっぱり聞かない』
美穂さんはまるで俺の心中が分っているかのように言って、「ふふ」と小さく笑う。顔は見えなくても、悪戯な表情を浮かべているのは、まるで目の前にいるかのようにわかった。
…………もしかして、試されたのか?
『そんな綾鷹君だから、きっとあの子も信用しているのよ』
「はあ。そうだといいですけど」
『そうなのよ――――、でも、羽目を外しすぎちゃいけないわよ? あの子には、夕飯までには帰るように伝えて頂戴』
「それは、わかってます」
『よろしくね』
美穂さんはそう言い残して、通話を切る。
「………………」
いや、罪悪感がぱない。
時雨沢(娘)からの信用があるかはともかく、美穂さんに信用されているのは、なんとなく伝わってきた。
俺、将来有望なイケメンの、貴女の娘さんへの好感度ダウンを図っている悪い男なんですが。いわゆる二枚舌策略ってやつ? ちょっと違うか。
「はぁ…………」
とはいえ、サトルのことも無碍にはできない。
恋愛病は、まさしく死に至る病。それは肉体的にも、精神的にも言えることだ。
サトルを死なせたくはないし、下手をすれば時雨沢もそれに巻き込まれる可能性だってゼロじゃない。
壊れたサトルが逆恨みで、なんてこともあり得ない話ではない。サトルみたいな真面目そうなやつは、なおさらだ。
それほどに、恋愛病は人の人生を狂わせる可能性を秘めている。
やるせなさともとれる感情を抱きながら、俺は三人の下へと歩を進める。
足どりがやけに重く、まるで訛りの入った靴を履いているようだった。
「あ、戻ってきた!」
亀をも思わせる歩幅でどうにか戻ると、宇喜多さんに出迎えられた。
というか、宇喜多さんしかいなかった。
「あれ、あの二人は?」
「二人ならお手洗いにいったよ。調子に乗ってアキエリを飲みすぎたみたい」
「ああ、なるほど」
そういえば、確かに飲んでたわ。主に宇喜多さんに渡された奴を。
ああいうのって飲みすぎは良くないんだけどな。まあ、スポーツ飲料であることを差し引いても、上手いから仕方ないか。
「………ねえ、ところで、さ」
「ん?」
時雨沢が帰ってきたら伝えないとな、なんて考えていると、宇喜多さんは両手を後ろで組んで、挙動不審気味にそわそわとし始めた。
そして、ここぞとばかりにちらちらと上目遣いをかましてくる。
あざとい。
そりゃもう、ミルクチョコレートかよってくらいあざとい。
「折角二人っきりだからいうけど………、タカっちってさ、私のことだけ『さん』付けで呼ぶじゃん?」
「当たり前だろ。たしか、話したのは今日が初めてなんだし」
いるよね。同じクラスでも一度も話さずに一年が過ぎる奴って。俺の場合は大半がそれだ。
「あ、当たり前なんだ……、確かにそうだけどさ」
宇喜多さんは苦笑交じりに眉尻を下げる。
やっぱり情緒不安定だな………、割と本気で心配になってくる。
ほぼ初対面(?)相手を呼び捨てにしないなんて当たり前だ。なんなら敬語でもいいまである。
「……よしっ!」
宇喜多さんは気を取り直した――、というよりは、気合を入れ直したといった風に呟くと、
「私も、呼び捨てにしてほしいなー、なんて……だめ?」
また上目遣いだよ。どこまであざとくなれば気が済むんだ。
「別にいいけど」
「い、いいんだ!?」
「あ、そんな驚くことか? むしろ割と気を使ってたくらいだぞ」
主に「うわ、こいつ初対面で呼び捨てかよ。キモッ!」とか思われないように。
自分から言っといて、そんなふうには思わないだろうから、少し安心。
「じゃ、じゃあさ。その、試しに呼んでみて?」
「え、今?」
「だって、忘れちゃったらヤだし……」
認知症とでも思われてるのか、俺は。
「じゃあ………宇喜多」
うわ。
言ってみたのはいいけど、なんかむず痒い…………、端的に言って、クッソ恥ずかしい。
俺は極まりが悪くなって、宇喜多さん――――、宇喜多から顔をそむけた。
「えへへ………」
「…………………」
横目に映る宇喜多の笑顔を見て、俺は顔が熱くなっていったのを感じた。
――――――――不覚にも、可愛いと思ってしまった。
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