第6話
「おらああ!」
恥ずかしげもなく大声をあげて、サトルが大きく腕を振りかぶると同時、カコンッ、と爽快な音が周囲に響き渡る。
そして
「お前、帰宅部相手に本気すぎだろ……!」
「勝負には常に全力で挑むのが、俺のモットーだ!」
わっはっは、と得意げに笑うサトル。汗一つかいてないのが余計に腹立つ。
たかだかエアホッケー程度で本気を出すサトル様に、手も足も出ない俺であった。
額に流れる汗を軽く袖で拭っていると、宇喜多さんが、
「はい、これ!」
と、どこからか買ってきたらしいスポドリPETを持って駆け寄ってきた。
やだ、めっちゃ気が利く子……。
サトルの友達だけあって、人柄は良いのかもしれない。ぷちギャルっぽいところがマイナスポイントだけど。
「悪い、代金は後で払うから」
「お金はいいから! 私が好きでやってることだし!」
「いや、払う。金については後でもめるのめんどいし。ほら、金の切れ目が縁の切れ目っていうじゃん?」
「……流石に、たった百円ぽっちで縁切るほど私って心狭くないよ?」
「え?」
「ちょっと、なにその反応? 私、そんな人だと思われてたの?」
「ソンナコトナイヨ?」
「目を合わせてほしいかな!?」
ほんと元気だなぁ。陽キャっていちいち声を大きくして、疲れないのかね。
俺は宇喜多さんからスポドリを受け取って、ごくごくと。普通に美味い。
そうしていると、サトルがこちらに近づいてきて、
「次は時雨沢さんとシオリがやるんだろ? ほら」
サトルはエアホッケーのプッシャー――手に持つ部分のことらしい――を宇喜多さんに手渡す。
「うん! サトルっち、ありがと! あ、サトルっちにも、これ!」
と、サトルにもスポドリを手渡す宇喜多さん。
「お、サンキュ!」
サトルはそれを受け取ると、「シオリ、頑張れよ。応援してるぞ!」と激励して、宇喜多さんを見送った。
おい、お前は時雨沢を応援しなくちゃいけないところじゃねえの? 好感度ポイント的な意味で。
まあ、優しいサトルのことだから、贔屓するのは良くないとか思っているのだろう。ほんとどこまでもお人好しな奴である。
それに、恋愛病の進度はあまり進んでいなさそうだと、ちょっとだけ安心した。
仕方ないので、俺は自分の持っているプッシャーを、ホッケー台の脇で本を読んでいる時雨沢に渡すことにする。
てか、こんなところに来てまで本を読むあたり、もうね。
「時雨沢、ほれ」
時雨沢に近づいて、プッシャーを差し出す。
俺を一瞥した時雨沢は「はあ……」と憂鬱そうにして、本を閉じた。
「私、運動は苦手なのだけれど」
「うそつけ。お前、小学生の頃はバリバリ体育会系だったじゃん」
そう、時雨沢三徳という本の虫は、昔はかなり暴れてた。運動クラブを転々としては、上級生を完膚なきまでに叩きのめしていたのである。
無駄に高スペックなもんだから、そりゃもう神童だとか言われて、色々なクラブに引っ張りだこだった。
マジでやべー奴。
ただ、中学が別々になって、疎遠気味になっていたのだけれど、高校で再開した時は本当にびびった。
だって、大人しくなっていたかと思ったら、本の虫と化していたのである。
そりゃもう、本に恋でもしてるんじゃねーかってくらい。
「昔の話よ」
「たしかにそうかもしれないけどさ……ほら、宇喜多さんも待ってるから、な?」
「…………わかったわよ」
時雨沢は渋々と言った様子でプッシャーを受け取ると、そのまま宇喜多さんとは反対側の台にポジショニング。
プッシャーを台に置いたと思えば、ほぼ棒立ち。やる気ねえな、マジで。
俺の見立てでは、この試合はサトルの恋愛病治療の一助になるはず……、なんだけど、時雨沢がやる気を出さないとどうしようもない。
どうすっかなぁ。
「じゃあ、いっくよー!」
考えている間にも、宇喜多さんがプッシャーをパック―――サトル曰く、玉っぽいやつをそう呼ぶらしい―――の前で構えると、
「そぉい!」
なんて可愛らしい掛け声を上げながらの強打。
カタンッ、カン、カン、スコッ。
そしてそれは、壁に跳ね返りながら、そこそこのスピードをもって時雨沢のゴールへと吸い込まれていった。
「………あれ、宇喜多さん、上手くね?」
「シオリはよくみんなとゲーセンに遊びに来てたからな。結構慣れてるんだ」
「まじかぁ………」
このままでは計画に支障が出てしまう。
なんて思っていると、
「………………ふう」
時雨沢は懐からとりだしたゴムで髪を後ろに束ねはじめた。
そして、肩幅まで開かれる足。しっかりと落とされる腰。
明らかに臨戦態勢だった。
「………時雨沢?」
「なんか、やる気出したみたいだな」
時雨沢は落ちてしまったパックを拾うと、そのまま台の上に置いて、台の脇へと移動する。
ピンと伸ばされた手。しっかりと狙いを定める瞳。
次の瞬間。
カァンッ! スコッ!
時雨沢によってうち放たれたパックは、白い残像を残しながら、そのまま宇喜多さんのゴールへと掃除機のように吸い込まれていった。
「…………え?」
唖然とする宇喜多さん。しばらくして、自分がゴールを決められたのだと理解すると、そのままパックの回収口へと視線を落とす。
「…………え?」
そして、時雨沢を二度見。
「………すごいな、偶々やったようには見えなかったけど、時雨沢さんってエアホッケー慣れてるんだな」
「いや、わからんが……、多分、そんなことはないと思うぞ」
思い出されるのは俺とサトルの試合中、ずっと本を読んでいたらしい時雨沢の姿。
あの本の虫がこっそりエアホッケーはやりこんでるんです、なんてことがあるとは思えない。
「少しだけ、本気でやらせてもらうわよ」
あれで少しかよ。
「あ、あはは…………て、手加減して、ほしいなぁ?」
再び構えなおす時雨沢に対して、頬を引くつかせる宇喜多さん。
時雨沢のガチっぷりにドン引きである。
時雨沢が急にやる気を出した理由は不明だが、これでいい。
宇喜多さんには恨みはないし、悪いとは思うが、ここは時雨沢に完膚なきまでに叩きのめされてもらうとしよう。
時雨沢の容赦なく、惨たらしく、えげつなくの三拍子をもっての完全勝利を前に、ドン引かないやつなどいない。
はははははは! サトルよ、時雨沢の人を人とも思わぬ所業を前に、幻想を打ち砕かれるがよい!!
結果、試合は5分程度で終わり、10-1で時雨沢の圧勝だった。
あ、宇喜多さんは、なんかごめんね?
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