第5話

 校長の長ったらしい話で終わった始業式はカットビングして、昼過ぎという時間帯。

 既に教科書は受け取り済み。後は帰るだけというところだが、放課後はちょっとした計画を立ててある。

 計画と言っても、そう大したことじゃないんだが。


「えっと、サトルは……いた」


 俺は自分の席でクラスメイトと談笑していたサトルに話しかけ………ようとして、無理だと判断。

 あそこに割って入れたら勇者だよ。俺には無理。

 仕方ないのでサトルのSNSにメッセージだけ送っておくとする。


「タカっち、何してるのー? 学校でスマホいじっちゃだめだよ?」

「うおっ!?」


 突然、耳元でオンナノコの声がしたと思えば、めっちゃ近くに宇喜多さんの顔があった。マジで呼吸の音が聞こえるくらい近い。何この子、パーソナルスペース狭すぎない? 俺は2メートルはあるよ?


「『15時に校門で待ってる』……って、え、これ遊びの約束的な? サトルっちにだよね? なんで直接言わないの?」

「おいこら、人のスマホの画面勝手に見るなよ。個人情報の塊だからね? わかってる?」


 俺はスマホを隠すようにしながら、そっと宇喜多さんから離れる。露骨に離れるようにすると、『え、私(俺)って臭いの?』みたいに思っちゃうかもしれないからな、俺の経験上。


「い、いいじゃん! ちょっと気になっただけだし!」


 少しの好奇心が猫を殺すこともあるんだから、気を付けなさい。


「それより、サトルっちと遊びに行くの?」

「まあ、そんなところだ。わかったら散りなさい」


 しっしとハエを追い払うように、宇喜多さんを手団扇で煽る。


「むー、なんか感じ悪い!」


 口元を尖らせて不満を語る宇喜多さん。そして、すぐに思いついたように、


「サトルっちと行くんだよね? それなら私も行く!」

「え、なんで?」

「なんでって、友達じゃん!」

「それ、俺にじゃないでサトルに言ってくれる?」

「………………えっと、どういう意味?」

「分からないかぁ………」


 要するに貴女様はサトルの友達であって俺の友人枠ではないのだよ。

 とはいえ、この様子だとしつこそうなので、


「まあ、来る分にはいいんだが、邪魔はするなよ」

「邪魔?」

「あと一人、誘うから」


 そう言って、俺は教科書類をカバンにしまい込んでいる時雨沢を見やる。

 宇喜多さんも俺の視線の先を見て、納得したように「ああ」と。


「そっか、時雨沢さんも誘うんだ―――、当たり前だけど、やっぱり仲いいんだね」


 宇喜多さんは少しだけ瞼を伏せて、声のトーンを落とした。

 違和感バリバリだったけれど、なんか闇っぽいのを感じたのでスルー安定。深淵を覗く時、深淵もまた覗いているのだ。


「当たり前じゃないし、別に仲良くもないけどな」


 と、適当に返しておく。

 それに、実際に仲がいいとは違うだろう。塩対応されまくるし。


「え、だって、付き合ってるん、だよね?」


 ………………………………………うん?


「えっと……、どゆこと?」

「とぼけないでもいいよ。タカっちと時雨沢さん、付き合ってるのなんて、バレバレ………だし」


 宇喜多さんは声を少しだけ震わせながら、どうにかこうにかと言った様子でそう口にする。

 ちょっとまって。


「時雨沢はただ家が隣ってだけなんだけど」

「………………へ?」


 宇喜多さんは暗い表情を一変させると、ぽかんと口を開けて、アホ面を披露した。ずるいよな、素材がいいとこんな顔でもキモくないんだぜ、サトルみたいに。

 ほんと、顔面偏差値高い奴らは人生において多大な得をしてるわ。


「ちょっと、ちょっとまって、理解が追い付かなくて………、え、だって、いつも一緒に登校してるよね? 確か、半年くらい前から」

「それは……まあ、時雨沢は俺の家庭教師なんだよ。毎朝一緒に登校してるのは、宿題を渡される名残みたいなもんだ」


 別に隠すことでもないし、言及されても面倒くさそうなので素直にゲロることにした。


「つか、一緒に登校してるっていうなら、サトルも割と一緒だと思うんだが」

「いや、だって、でも、そっか…………」


 小さく何かを呟く宇喜多さんは言葉のキャッチボールをする気もないらしい。代わりに、思わずと言った様子で口角を小さく上げていた。

 なんだこの情緒不安定娘。クスリでもキメてるの?


「………えっと、もういいか?」

「あ、うん、ごめんね。時雨沢さんも誘うんだよね?」


 頬に両手をあててムニムニとしながら言う宇喜多さん。エステマッサージなら家でやれ。


「ああ。早くしないとあいつ、マジですぐに帰りやがるからな」


 今日は図書室も閉館しているから、学校にいる理由もないだろうし。

 俺は宇喜多さんをお供にして―――勝手についてきた―――、時雨沢の元へと向かった。






「時雨沢、ちょっといいか」

「………なにかしら、もう帰るところなのだけれど」


 そう口にする時雨沢は鬱陶しそうな態度を隠そうともしない。

 正直、サトルが塩対応な時雨沢のどこを好きになったのか、全く分からない。恋愛病とは時に相手に対して自分の理想を押し付ける症例も見られるから、理解しようとすること自体が無理なことなのかもしれないが。


 そう考えると、本格的に不味い。恋愛病の進行度合いによっては、もう手遅れかもしれない……、我が親友よ、どうか踏みとどまってほしい。現実を知った時に心が折れる前に。

 俺のできることと言えば、一刻も早く現実を見させてやることだけだ。


「これから遊びに行こうと思うんだが、時雨沢もどうだ?」

「なぜ?」

「いや、ほら。折角だし、的な?」


 なんで、とか聞かれると思ってなかったから、そんな回答は用意してねえよ。

 理由はあるんだけどさ。言えないだけで。


「そう。ところで、貴女は?」


 時雨沢は俺から宇喜多さんに視線を移して、そう問いかけた。


「去年同じクラスだったよ! 宇喜多栞だよ!? タカっちといい時雨沢さんといい、なんで覚えてないかなぁ!?」

「…………ごめんなさい、貴女って同じクラスにいたかしら?」

「こっちは顔すら覚えてないっ!?」


 時雨沢の視界に映るのは基本的に黒板と本だけだろうから、顔すら見てねえんだろうな、多分。

 こいつ、ほんと他人に興味ないな。俺も大概だけど、ここまでじゃないと思いたい。


「……………宇喜多さんも行くの?」

「え?」

「だから、その、遊びに」


 時雨沢は言いにくそうに瞳を背ける。

 なんだこの反応。

 いつも凛としている時雨沢にしては、他人に興味を示す発言は不自然だ。いつもなら「あらそう。私はいかないわよ」とか即答しそうなものだけれど、今日は何か変なものでも食べたらしい。


「まあ、一応そういうことにさせられた」

「させられたって、そうだけど、言い方……っ!」


 文句ありげな宇喜多さんを無視して、俺は続ける。


「まあ、偶には三人で遊ぼうって話だよ。宇喜多さん入れて4人だけど」

「ついで!? 私はついでなのっ!?」


 無視無視。


「…………まあ、別にいいわよ」

「え?」

「だから、その。私も一緒に遊びに行こうと言っているの」


 時雨沢は何が恥ずかしいのか、目を背けながら頬を赤くしていた。

 まじか。

 色々と言い訳を付けられて何回かは断られると思っていたが、まさかのほぼ即オッケー。どういう心境の変化だろうか。

 あれか。折角2年になったんだから、少しくらいは他人と交流をもったほうがいいとか、そんなことを考えたのかもしれないな。


「何よ、そんなに意外そうな顔をしなくてもいいでしょう。私だって、遊びたい時くらいあるわ」

「いやまあ、そうかもしれないけど。本にしか興味ないと思ってたわ」

「失礼ね。本が人生の9割を占めているだけよ」

「もうちょっと他のことに回した方がいいぞ、お前の人生……」


 何はともあれ、時雨沢三徳、ゲットだぜ!

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