第4話
「時雨沢三徳と言います」
そして、時雨沢の自己紹介が始まった。
「以上です」
そして、終わった。
時雨沢は何でもないかのように、すまし顔で静かに座る。
…………いや、早すぎだろ。ジョークか何かか?
なんて思っていたけれど、時雨沢は椅子に座ったきり、何かを話す様子はない。
「あ、あー! 私が悪かった! そうだよね、何を言うかくらいは言っておくべきだった!」
八木ヶ谷先生はハッとしたようにそう言って、
「名前! 部活! 趣味! それから一言! 簡単でいいからこんな感じでやってくれぃ! 時雨沢さん、ワンモア!」
「…………………はぁ」
「し、時雨沢さん、ごめんね?」
明らかに面倒くさがる時雨沢に、八木ヶ谷先生は言いにくそうに誤った。
先生、謝る必要ないと思う。あれは流石に時雨沢がおもしろ………酷すぎた。
それはさておき。
醜い、というわけではないけれど、ダメな部分を見せられたかな、なんてサトルを見てみる。
……………うん、まあわかってた。
サトルは苦笑いを浮かべるに留まっていた。あれだと別に気にしてなさそうだし、むしろ面白い一面が見れた、とか思ってそう。
もう一度、時雨沢は面倒くさそうに立ち上がると、今度は律儀にクラスメイトに顔が見えるように向き直った。
「改めて、時雨沢三徳と言います。部活は入ってません。趣味は読書です。よろしくお願いします」
無難オブ無難に自己紹介を済ませて、微妙な空気を作りながらも、時雨沢は正面を向いて腰を下ろす。愛想笑いも何もなく、ただ事務的にしたような感じだったあたり、本当に面倒くさそうだった。たった十数秒すら渋るってどういうことだってばよ。
しかも、もうすでに我関せずで本を読み始めたよ、あの子。八木ヶ谷先生、なんか言ってやってください!
「よ、よし! じゃあ次の人!」
おいこら、微妙な空気に流されるんじゃない。
そんなこんなで自己紹介は進んでいって、
「神殿悟です。部活はバスケ部で、趣味は人に笑ってもらうこと! あ、別にお笑いを目指してるってわけじゃないから、そこのところ勘違いしないでくれな!」
とか、明るくちょっとした笑いを誘ったり。
「あ、えっと、宇喜多栞です! 部活は特に入ってないので、放課後とかは結構空いてます! 趣味は友達と遊ぶことです。よろしくおねがいしますっ!」
とか、ちょっと可愛らしく言ってみたり。
「えーっと、後3人くらいか? ぎりぎり間に合いそうだから、このままやっちゃうぞー!次は杉ヶ町だな!」
そしていよいよ、俺の番である。
この最後の方、みんなが聞き飽きてきたこのタイミング、最高。
面白いことでも言わない限り、みんなぼーっとして、最後は笑いすら怒らず拍手だけをするだけとなって、印象もかなり薄くなる。
一番最後だと、むしろ印象に残ったりするから、この後ろから三番目くらいのポジがベスト。
あんま印象に残って、恥ずかしい思いをしたくもないからな。無難にやって、無難に友達できるくらいの自己紹介。これがいい。
「はい」
俺は椅子を引いて、立ち上がると、
「あ、えーっと。名前は杉ヶ町綾鷹っていいます。部活は帰宅部、趣味は読書と勉強、それから夕方放送のアソパンマンを見ることです。よろしく」
それだけ言って、再び着席。我ながら無難な自己紹介だった、なんて思っていたのだが、ちらほらと上がる拍手の音に交じって、何が面白いのかくすくすと小さな笑い声。
俺、なにも面白いこと言ったつもりないんだけど。人の顔見てそんなに面白かった?
誰が笑ってやがるんだ、此畜生とおもってみてみれば、サトルと宇喜多さんが思いっきり笑ってた。
くすくすとかそういうレベルじゃなくて、もう笑いを押さえてるような、そんな感じ。なにあいつら、人の顔をそんな面白おかしく思って見てたの?
あとは元クラスメイトが何人か、か。よし、顔は覚えたぞ。名前は……これから調べる。
あれ、自己紹介の意味なくね?
◆ ◇ ◆
「「あはははは!!!」」
自己紹介が終わって、始業式の会場まで移動中。俺はサトルと宇喜多さんに爆笑されていた。
「君ら何なの? 人の顔見て笑うとか超失礼なんですけど」
「いや、だって、アソパンマンって、あははははは………、やばい、お腹痛いっ……!!」
「タカっち、アソパンマンはダメだよ……! もう、あっはっははは!!」
こいつら………。
「まあ、タカが去年と全く変わってないってのは分かったから、なんか安心したっていうか……ぷっ」
「なにそれ、全く成長してないって言いたいわけ? 怒るよ?」
「いやいや、だって、タカっちって去年もアソパンマン好きアピールやばかったし!」
説明しよう!
アソパンマンとは児童向けアニメの一つで、国民アニメにもなっている超有名アニメだぞ!
こいつらはアソパンマンを馬鹿にしていると判断。国民アニメの否定、それ即ち、非国民である。
閣下! クリークです、閣下!
「去年、アソパンマン見たいからって言って、みんなで親睦会いこうって時にマジで一人で帰ったことあっただろ?」
「…………そんなことあったっけ?」
「あったあった! あの時みんな微妙な感じになっちゃって、サトルっちがめっちゃ苦労してフォローしてたよねー!」
マジかよ、そんなことあったのか。サトルってマジ良い奴じゃん。俺が女だったら、将来有望株と見てめっちゃアピールするところだわ。
つか、こいつらアソパンマン馬鹿にしてるけど、アソパンマンは高校生になった今でも十二分に楽しめるアニメだぞ? ツッコミどころ満載で、見てて飽きないからな。子供も大人も楽しめる、最高傑作。
だから、杉ヶ町綾鷹が命じる。今すぐ小ばかにすることをやめたまえ。
「あれ見て、俺って『こいつと友達になりたいなー』って思ったんだぞ?」
「え、マジかよ。苦労かけられておいて友達になりたいとか、サトルってマゾ?」
「んなわけないだろ! お前がすげー奴だってわかったからだよ! みんなで行こうぜムードの時に、あんなこと言えるなんて、なかなかできることじゃないからな?」
「ねえ、馬鹿にしてるよね? 変な奴だって馬鹿にしてるよね?」
そ、そもそも変な奴じゃないけど?
変態でも好きになれる素質でもあるのか、こいつは。
まあ、サトルのことだから、可哀相になった俺が孤立しないように声をかけてやろう、的な感じなんだろうなぁ、とか。
あれ、そうなると親友ってのも嘘………いや、話してみたら実は、みたいなパターンだな。そうだよな…………、そうだよね?
――――――――――――――――――――
ちょっと短いですが、前の話の続きなので。
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