第3話

 3人仲良く教室に入ったはずだった。


「ですよねー」


 と、納得。

 いつの間にか一人の俺。サトルは誰かに呼ばれ、宇喜多さんは自分から誰かのところに行った。

 仕方ないので黒板に貼ってあった席順のプリントに沿って、俺は自分の席に向かう。

 そして窓際の前から3番目を獲得、ラッキー。


 椅子に腰掛けて教室を見渡してみると、輪の中心にいるサトルの姿が目に映った。マジかよ、早速カーストナンバーワン?


 とか思ったが、よくみると見知った顔ばかりだった。どうやら同じクラスのやつも混じっているようで、自然とそんな感じになったのだろう。

 まあ、そうじゃなくてもサトルは普通に有名人だからな、イケメンだし。

 裏切り者だけどな。


 宇喜多さんといえば、なんか自然と溶け込んでる感じだった。見たことない顔ぶりだったから、元々同じクラスの奴と話してるわけではなさそう。


「だよねー!」

「わかるー!」

「でさ、昨日の――」


 みたいな感じ。所々自分から話題を振ってるのがミソ。溶け込み上手だった。

 裏切り者だけどな。


 最後に時雨沢――――、うん、廊下側の最前列とかいう目立つ席で一人で読書。なんか安心したわ。

 よく平気でいられるな、入ってくるやつらがチラ見して行ってるじゃん。特に男子。


 確か去年も同じようなシチュエーションだった気がする。結構デジャヴだ。


「…………」


 時雨沢には本を読んでいる時に話しかけてくるなと言われたけれど、サトルに手伝ってくれと言われた手前、何もしないわけにもいかない。


 何より、恋愛病を治すのには、相手の醜い部分を目の当たりにすることが一番だ。

 そのための情報収集。情報を制する者が、社会を制する。いわばこれは、社会勉強の一環といっても過言ではない!

 いや、過言だけど。


「時雨沢」


 満を期して覚悟を決めた俺は、時雨沢の机の前に立った。


「…………話しかけてこないでと言わなかったかしら」

「そんな睨まなくてもよくね? いや、ちょっと悪いとは思ってるんだよ?」

「だったらそもそも話しかけないでほしいのだけれど?」

「取り付く島もねえ……」

「私は島じゃなくて人だもの」


 時雨沢はこれで話は終わりだとばかりに本に視線を戻す。

 だが残念だったな、今日の俺はしつこい日。サトルという親友のために働く、いわば奴隷アリだ。

 あるいは恋愛病の治療と言う意味では、ドクターである。

 医療行為なら何してもいいって、暗黙のルールがあったりする。これ、相手の好感度が高いと『おいしゃさんごっこ』で使えるから、覚えておくと多分便利。

 俺は使う機会とか皆無だけど。


「そういう冗談は言えるんだから、人と話すのが苦手ってわけじゃねえんだろ。実際俺とは話してるし。少しくらい友達作ろうとか思わねえの?」

神殿こどの君以外に友達がいない貴方が言うなんて、なかなか面白いジョークね」

「こいつ………」


 人が一番気にしてることを平気で言うあたり、あなたって本当にいい性格してますね。

 よろしい、ならば戦争だ。


「おらーぁ! 席に着けーぃ! つかねぇーと私の木刀が火を噴くぜー!」


 売り言葉に買い言葉で言い返してやろうと口を開きかけたその時、そんな脅し文句が背中の方から聞こえてきた。

 聞き覚えのある声音で、相変わらずだなと思いながらも、俺はその場で振り返る。


「あ――――、ぅぉ……!」


 振り返った先にあったのは、短めな木刀の切っ先だった。マジで目の前。あと3センチで、俺の額とごっつんこするところだ。危ない。


「おらー! 杉ヶ町! ナンパしてんじゃねえぞー!」

「ナンパなんて高難易度なことしてないですけど……」


 とか言いながら、俺は頭を横に逃がして短い木刀の切っ先から反らす。

 木刀の先にあったのは、アホ毛だった。

 そう、アホ毛。

 木刀の先にあったそのアホ毛は、俺の首根っこの高さあたりでぴょこぴょこと跳ねていた。

 そこから下は、金髪に染めた髪を後ろに束ねた、可愛らしい幼女(笑)。

 八木やきヶ谷沙耶さや。去年、理科を担当していた26歳独身の教師である。

 あ、今年で27か。


「相変わらずちっこいっすねー! 八木ヶ矢せんせー!」


 どこからかそんな声が聞こえてきて、八木ヶ谷先生は眉間にしわを寄せて、そちらの方へと木刀を向けた。


「おらぁー! 今ちっこい言ったやつ誰だぁー!」

「「「しりませーん!」」」


 当然ながら、誰も自首をすることはなく、生徒もちらほらと席に着き始める。


「ちっ……! いっぱしのレディをちっこい呼ばわりとは、これは熱心な教育が必要なようだなぁー!?」


 まあ、実際にちっこいしな。

 八木が谷先生がここに来ると言うことは、多分、このクラスの担任はこの人なのだろう。何を食べればこんなに背が伸びないまま大人になれるのかというほどで、背伸びをしようとした中学ヤンキーを相手にしているような気分にさせられる。

 和むなぁ。


「おら、杉ヶ町も座れ!」

「あ、はい」


 俺が先生を見下ろしていると―――身長的に仕方ない―――、睨まれたので大人しく自分の席に戻ることにした。

 時雨沢、後で覚えとけよ。






◆ ◇ ◆






「というわけで、自己紹介をしてもらからな!」


 ロリ先生もとい八木ヶ谷ティーチャーは、今日の予定を大方説明した後、そんなことを言い出した。

 始業式まではあと1時間と少しほど。始業式を終えた後は、昼飯を食って教科書を受け取り、帰宅と言う流れである。

 それまではレクリエーション。つまりは自己紹介タイム。


「自己紹介って、なんかわくわくするよねー!」


 などと、ひそひそ声で話す隣の席の宇喜多さん。机が近いから、割と小さい声量でもこっちまで声が聞こえてくる。


「………………」

「………………いや、何で無視するし!?」

「…………え、俺?」

「そうだよっ!?思いっきりタカっちに向けて発信してたよ!?」


 それで反応して、実は別の人にでしたー、とか言われたら恥ずかしいじゃん。


「悪い、ほら、こういう時って静かにしてなきゃ怒られるじゃん?」

「それはそうだけど……」


 口では納得しているような口ぶりだが、唇を尖らせて抗議の視線を向けてきた。

 これに関しては絶対に俺が正しいとおもうよ? 大義は我にあり。


「でさ、タカっちはどんな自己紹介するの?」

「どんなって……普通に?」

「えー! せっかくならさ、ほら、面白いこと言おうよ?」

「それ『ほら、ちょっといいとこみてみたい』みたいなアレ? ここ居酒屋じゃないんだけど」

「違うよっ!? ほら、友達だって、できやすいかもしれないし………」


 宇喜多さんはちらりちらりと俺を横目を向けて、しりすぼみに言ってくる。

 言いにくいなら言わなきゃいいのに。


「別に、気なら使わなくていいぞ。慣れてるから」

「あ、いや、そういうんじゃなくて…………その、ごめん」


 宇喜多さんなりに気を使ってくれたのだろう。よく見てらっしゃることで。

 とはいえ、そのせいで宇喜多さんに眉尻を下げさせた上に、下を向かせてしまっているのだから、俺にもちょっとだけ罪悪感的ダメージ。


「まあ、ありがとな」


 多分、善意百パーセントからくる言葉だっただろうから、素直にお礼だけ言っておく。俺に気を遣うメリットなんて、ないし。

 何より、この何とも言えない罪悪感を抱えていたくない。どうせならすっきりしたいじゃん?


「じゃあ、最初は時雨沢さんからよろしくな!」


 自己紹介は席順にやるらしく、ビシィっと格好良く、時雨沢を指さす八木ヶ谷先生。朝からテンション高いなぁ、あの人。疲れないのかね。


「はい」


 そう短く返事をして、時雨沢は背筋を伸ばして立ち上がる。

 いつものように淡々沈着とした物腰で、こうしてみると斜め後ろから見ると華があるとでもいうべきか。

 ヤマトナデシコ風とした装いをしたら、結構似合いそうだな、とかなんとか。


「時雨沢三徳といいます」


 そして、時雨沢の自己紹介が始まった。

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