5-②


   * * *


 数刻後。

《フォルテ様、いいですか? まず最初に占うのが『すいの宮』の貴妃様です》

「水妃の宮?」

 フォルテは霊騎士のたブレス女官長と、霊にもどったゴローラモにつきわれて、これから占う貴妃きひの宮に向かっていた。

 先に下見をしたゴローラモから、この宮は危険が少なそうだと聞き、とりあえずなおに占いをすることにした。

《フォルテ様のまっておられる仮宮のとなりになりますが、正妃様の本宮を通らなければわたることはできません。各エリアは本宮を通ることなく行き来できなくなっています》

 中央に巨大きょだいな本宮があり、そこには王太后の宮などもあるが今はすべて空室になっている。その本宮を囲むように四つのエリアに分かれていた。そのうちの一つが仮宮だ。この仮宮だけは王太子のエリアから直通の回廊かいろうがあった。ゆうべはその回廊を通って後宮に入ったらしい。

 ゴローラモの話では、それぞれのエリアはがんきょうに警備兵が配置され、背の高い門塀もんぺいで囲まれていて簡単には出入りできなくなっているようだ。

 仮宮だけでも側妃用の居室が十室と殿どのに調理場、侍女部屋などが整っている。

 三貴妃はそれと同じ規模の宮をそれぞれに独占どくせんしているらしい。

 それはほうもない広さだった。

「なんだか一つのお屋敷みたいね」

《その通りでございます。それぞれの宮には、外の警備の他にご実家から連れてこられた五十人ほどの侍女や小間使いが住んでおります》

「ご、五十人? たった一人の貴妃様のために?」

 つい大声を出してしまったフォルテに、前を歩いていたブレス女官長がいた。

「先程から何を一人でブツブツおっしゃっているのですか?」

 さんくさそうにこちらを見てくる。

「あ、ごめんなさい。霊……そう、精霊せいれいが話しかけてくるものだから……」

「精霊? 幽霊ゆうれいみたいなものですか? いやだわ」

 その幽霊にどっぷり憑かれていたとも知らず、女官長はけんにシワを寄せた。

「そのせいかしら。朝から変なことばかり……。おくが飛び飛びで、自分の言動に覚えがないのですわ。その上、朝から何も食べてないというのに、ひどく満腹なんですの。占い師様のお顔も見たと言っていたようですけど、私さっぱり覚えがございません。もう一度見せていただいて……」

 女官長がフォルテのヴェールに手をかけそうになったところで前方から声がかかった。

「ようこそ、青貴婦人様。アドリア様がお待ちでございます」

 回廊の先の大きな門の前で三人の侍女がおそろいのドレスをつまんで挨拶あいさつをした。

 ふわふわしたうすピンクのオーガンジーが広がるドレスが侍女服らしい。

 髪をツインテールにして、みんな可愛らしい。

「では、私はここまでですので……」

 ブレス女官長はそう言って頭を下げ、来た道を戻っていった。

 どうやら女官長でさえ、この先は入れないらしい。

「どうぞ。青貴婦人様」

 三人の侍女は、両開きのじゅうこうとびらを「うんしょっ」とみんなで開いて招き入れた。

 そして一歩足をれると……。

「す、すごい……」

 別世界だった。

 ピンクの回廊に囲まれたとてつもなく広いエリアはやわらかな日差しが降り注ぎ、全体が水で満たされていた。青くんだ水を張った巨大な水槽すいそうにいくつもの建物がかんでいるような感じだ。区画するように水路がめぐり、アーチ型の橋が渡されている。

 屋根のあるコテージが浮かんでいて、水面には鮮やかな花が散らばり、魚が泳いでいた。橋の手前には小型のゴンドラまで浮かんでいる。

「な、な、なんなの? ここは……」

《この先に見えるしょうぐうが主室です。貴妃様のだん過ごされる場所のようです》

 水路の先の正面にピンクの可愛いきゅう殿でんが見えていた。

 ゴローラモの説明通り、三人の侍女はその入り口で立ち止まり、ピンクのかざり扉を開いてフォルテに入るようにうながした。

 内部はこぢんまりしていたが、大きな窓は水辺に面していて、窓を開放すればそのまま外に出られるようになっている。水辺のきゅうといった感じだ。

 フォルテは部屋に入るときんちょうしながら、ドレスをつまんでひざを折った。

「失礼いたします。占い師、『青貴婦人』でございます」

 それとほぼ同時に「きゃあああ!!」という悲鳴が部屋の中からひびいた。

 ぎょっとするフォルテのうでに柔らかなかんしょくからみつく。

「お待ちしていましたわ!! きゃああ! 本物? 青貴婦人様?」

 少女のようなひめが、フォルテの周りを飛び回っている。

 侍女達と同じようにツインテールにして、やはりオーガンジーのふわふわドレスだ。

 しかし、そのそうしょく贅沢ぜいたくさや、身につけるほうしょくごうさから身分の高さが分かる。

「アドリア貴妃様?」

 まさかと思った。なぜなら、事前に二十八歳だと聞いていたからだ。しかし目の前の姫は、どう見ても十四、五歳に見える。自分より年上とは思えない。

「そうよ。ずっとお待ちしていたの。ああ、うれしいわ。私、青貴婦人様にどうしても聞いていただきたいお話がございましたの」

「そ、そうですか。分かりました。すぐに占いを始めましょう」

「お願いしますわ。こちらに青貴婦人様の丸テーブルも用意しましたわ。どうぞ」

 部屋の中はファンシーカラーとふわふわでいっぱいだった。

 かべという壁にピンクのレースやオーガンジーが垂れ下がり、アクセントのようにカラフルな色の少女らしい小物が飾られている。

「ねえ、見て青貴婦人様。これはお気に入りの香水瓶こうすいびんなの。可愛いでしょ? あ、待って。香水ならこっちの方がいい香りなのよ。そうだわ、この間頂いたレースのハンカチをお見せしなきゃ」

 部屋の置き物を次々手に取り見せてくれる。まるで子どものようだ。

「アドリア様、占い師様はお部屋に遊びに来たのではありませんよ。早くしないと占う時間がなくなってしまいますよ」

 侍女の一人が困ったようにたしなめる。

「ああ、そうだったわ。今日一日しか見てもらえないのよね。もっとずっといてくださったらいいのに!」

 じゃでとても可愛らしい。三貴妃が入宮されたのは二十年前と聞いているから、八歳で後宮に入って、ずっとここから出たことがないのだ。

 目の前の少女は八歳から時を止めたようだった。

「最近は陛下も全然遊びに来てくださらないの。つまらないわ」

 遊びに……。そういう感覚なのか……。

 愛したきさきが次々くなったことで十年も前から後宮への興味をなくし、今では年老いて無関心と聞いたことがあるが、この少女はどう思っているのか。

「陛下のことがお好きですか?」

 フォルテは聞いてみた。

「大好きよ! だってとても優しいもの。私のお願いをなんでも聞いてくださるの」

 父にわがままを言う甘えんぼうむすめの感覚だ。

 ともかくこの姫は後宮の黒い噂とは無関係だろう。適当に占いだけして部屋に戻ろうとフォルテは心の中で思った。しかし、占盤せんばんを広げて占いを始めようとしたたんアドリアが言い放った一言にフォルテは固まった。

「私が殺したの……」

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