第五章 フォルテ、水妃の宮の貴妃様を占う

5-①


「おーい、おい、おい。うおーん、おん、おんおん」

 仮宮の一室では、青貴婦人付きとなったブレス女官長が先程さきほどから、ゆかして泣き続けていた。

「もう、いい加減泣きやみなさいよ、ゴローラモ」

 そう。中身はゴローラモのままだ。

「だって、だって、王太子殿でんが……。まさか、あのような……」

 どうやら王太子に会ったらしいと、フォルテはため息をついた。

「あんなおぞましい姿に……。この女官長がガリガリに思えるほどの贅肉ぜいにくおおわれ、お顔はおにさえも泣き出すほどのきょうあくな人相。なんとおいたわしい……うおーん、おんおん」

「結構失礼なこと言ってるわね。殿下ってやっぱりそんなに太っているの?」

「太ってるなんてわいいもんじゃありません。ウサギの一や二羽、まるみしているようなおなかでございました」

「ふーん。じゃああのうわさは本当だったのね」

「最後におしのびでお見かけしたのは、殿下が七歳の時でした。それはもう遠目にも愛らしく、サラサラの金のかみが風になびき、クレシェン様とけんけいをなさっておいででした。お二人のけんは、絵画の一枚かというほどうるわしく、みな手を止めてれるほどでした。剣筋もよく、将来が楽しみな王子様だと思っておりました。それなのに……。まさかあのようなずんぐりむっくり……あ、いえ」

「もう、何を言っても悪口にしか聞こえないわよ」

 忠臣のゴローラモがそこまで言うほどなのだから、よっぽどだ。フォルテはつくづくとう会なんかに行けなくてよかったと思った。

 うっかり気に入られて後宮なんかにされたらたまったもんじゃない。

 もっとも……別件ですでに後宮に召されてはいるが……。

「きっと何度もかくおそわれ、身分をかくして暮らすストレスが殿下をあのようなお姿に変えてしまったのです。ああ、おいたわしい」

「でも太っているならちょうどいいじゃない。ゴローラモがちょちょいとひょうしてうらなを家に帰すと言ってくれればいいわ」

「なんとおそおおいことを。殿下に憑依など、そんなばち当たりなことはできません!」

 そうだった、とフォルテは思い出した。ゴローラモは忠誠心にあふれた男だ。

 第一の主君は死んでもなお母テレサだが、二番目は王家なのだ。

 それは昔から変わらない。

「実はわたくしは殿下に大変な負い目がございまして……」

「負い目?」

「はい。今までフォルテ様にはだまってまいりましたが、陛下と共にお忍びでクレシェン様のおしきに行った折、王子様の側近騎士きしの任を命じられたのでございます」

「側近騎士?」

 未来の国王の側近騎士といえば、いずれは重臣を約束された大出世だ。

「ですが、ちょうど同じ時にテレサ様のヴィンチこうしゃく家への輿こし入れが決まり、なやんだ挙句に王宮から逃亡とうぼうし、髪型かみがたと様相を変えテレサ様の側近騎士としてひそかに公爵様にやとっていただいたのでございます」

「な、なんでそんなこと……」

 王の任命からげるなんて反逆罪と同じだ。

 そこまでしても母テレサのそばにいたかったのか……。

「テレサ様のいない人生など、どうしても考えられなかったのでございます」

 れいになってもなお、母を忘れたことのないゴローラモならそうだったのかもしれない。

 きっと母テレサはゴローラモにとってがみのような存在なのだ。

「しかし、その後なかなかいい側近騎士が見つからず、殿下は何度も刺客に襲われ、命の危機にったと聞いております。私が逃げたばかりに……」

「何もそこまで責任を感じなくてもいいんじゃないの? 側近騎士と言ったって一人じゃないんだもの」

「いいえ! 先日も申しました通り、私は当時随一ずいいちの剣の使い手でございました。私がおそばにいれば、きっと未然に防げた事件も多くあったはずです!」

「お父様が死んだ後、あっさりねむぐすりで暗殺された人が言っても説得力がないわね」

 たよりのゴローラモが変死したと聞いて、幼いフォルテがどれほどショックだったか。

「あ、あれは、テレサ様の死で精神的に不安定になっておりまして……。いえ、済んだことはいいのです。とにかく、私は殿下に大きな借りがあるのでございます。たとえずんぐりむっくりの怪物かいぶつになっておられようと……」

「もう、分かったわよ。憑依したくないんでしょ? だったらブレス女官長でいいから、後宮をさぐってきてよ。午後には一人目の貴妃様の占いをする予定なんだから」

「分かりました。部屋を出て女官長についたりはなれたりしながら、外の様子を探ってまいりましょう」

いたり離れたりね?」

「はい、それです」

「ついでに部屋の出入りに自由のきくしょう一式を拝借できないかしら? うまくいけば、そのまま逃げ出せるかもしれないし」

「出入りに自由のきく衣装とは? 危ないことはやめてくださいよ」

「分かってるわよ。ブレス女官長が占い師用にじょを臨時で雇ったってことにするのはどうかしら? 親戚しんせきの子だとかなんとか言って」

「できるかどうかは分かりませんが……やってみます」

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