4-②


「秘策ってまさか! あの禁断の能力のこと?」

《はい。もはやれいごとは言っておられません。使える能力はすべて使って対処するしかございません》

 ゴローラモはこぶしにぎりしめ、しんみょううなずいた。

「でもあの能力は条件がそろわないと難しいんじゃ……」

 ちょうどその時ドアがノックされ、あわててヴェールをつけたフォルテの元に豪華な朝食と共に三人のじょが現れた。

「青貴婦人様、クレシェン様よりお世話を言いつかりました。私は王太子殿下付きの女性すべてを取りまとめる女官長のブレスと申します。青貴婦人様もこちらにおられる間は、私の管理下に入っていただきます」

 四十代とおぼしきブレス女官長は、挨拶あいさつが済むとテキパキと朝食の配膳はいぜんを命じている。

 その女官長が、まん丸に太っているのを見て、フォルテはゴローラモに目配せした。

 ゴローラモはフォルテと目が合うと、ぶるぶると拒絶きょぜつするように首を振っている。

「朝食の前にこちらのドレスに着替きがえていただくようにおおせつかっております」

 ブレス女官長の後ろからしょう箱を持った別の侍女達が入ってきた。

「着替え? でも私はこのままで……」

 女官長はフォルテのドレスを上から下まで見た後、バカにするようにふんっと笑った。

「後宮の三貴妃様はお目よごしを何よりきらいます。占い師といえども、そのような質素な衣装で対面されては気分を害されてしまいますわ。クレシェン様が青いドレスを用意してくださっておりますので、こちらに着替えていただきます」

「お目汚し……質素……」

 ショックだった。

 この衣装は占い用にピットにお金を借りて町のふくしょく店にオーダーした精一杯せいいっぱいいっちょうだったのに。ピットはいらないと言ったけど、ようやく返済し終わったばかりの、現在フォルテが持っている中で一番高いドレスだった。

「お手伝いいたしましょう」

 ブレス女官長は、フォルテのヴェールに手をばした。

「ま、待って!!」

 フォルテは慌てて後ずさる。

「ヴェールをつけたままでは着替えられません。朝食も食べられませんよ」

「そ、そうだけど……」

「さあさ、朝食がさめてしまいますわ。急いでお着替え致しましょう」

 ブレス女官長は見た目通りの強引ごういんさで、フォルテのヴェールに手をかけた。

「ゴローラモ!!」

 フォルテは慌ててさけんだ。

「は? 誰のことでございますか?」

 ブレス女官長が首をかしげる。

「もう! こうなったらしょうがないでしょ? 嫌がってないで早く!!」

「何をおっしゃって……」

 言いかけた女官長の首がカクンと落ちた。

 そして次のしゅんかんそうな表情をかべて元の位置に戻った。

「ひ――ん、気持ち悪い。嫌だ、嫌だ~~!」

 突然とつぜんみょうな声を出す女官長に、侍女達はぎょっとして振り向いた。

「情けないことを言ってないで、ちゃんとやってよゴローラモ」

 フォルテは小声で女官長にささやいた。

 女官長はあきらめたようにゴホンと一つせきばらいをした。

「あー、みなさま。こちらの占い師様のお世話は私が一人でやります。そのようにクレシェン様から言いつかっていたのを忘れていましたわ。さあ、配膳が済んだら行ってちょうだい。あなた達も、衣装箱を置いたら出ていってちょうだい」

「で、でもブレス女官長様……」

 侍女達がざわざわと不安そうにつのる。

「私の言うことが聞こえなかったの? 早く言う通りになさい!!」

 少し強めに言うと、侍女達はおびえたようにそそくさと部屋を出ていった。

 どうやら、この女官長は相当こわいおつぼね様らしい。

 女官長と二人きりになると、フォルテは安心したように椅子いすにどっとこしかけた。

「あ、危なかった。よかったわ、女官長が豊満な女性で」

「何がよかったんですか! よりにもよって、こんなブヨブヨの体……」

 女官長は自分の体を見回してなげいた。

「仕方がないじゃない。ゴローラモが太った人にしか取りけないんだから」

「わーん、どうせ憑くならもっと美人がよかった。こんな贅肉ぜいにくだらけのだらしない体、気持ち悪いよ~! 嫌だ、嫌だ」

「でも女官長よ。これで女官と侍女はぎゅうれるじゃない。ラッキーだったわ」

「うっうっ。他人ひとごとだと思って。私の大地のように広いたましいは、細身の体では受け止めきれず、太った人にしか憑けないんですよ。なんて悲しい現実。ああ、親愛なるテレサ様。このような体にひょうした私をお許しください。あなたの精悍せいかんな騎士はこんな体に成り果ててしまいました。テレサ様にこの姿を見られなかったのが、せめてもの救い……ううう」

 ゴローラモは、贅肉がたぷたぷとれる体で手を組み、天を見上げてざんした。


 用意されたドレスに着替えたフォルテは、いつでも顔をかくせるようにヴェールを頭の上にたくし上げておいた。

「じゃあ朝食を食べましょう。ゴローラモも食べていいわよ」

 テーブルには、豪華な食事がセッティングされていた。

「ほ、ほんとですか! うわあ、物を食べるなんて久しぶりだなあ。死んで以来です」

つうは死んだら食べないけどね」

 焼きたてのパンにシチューにたくさんの果物。

 テーブルの上は五人分ぐらいの食事が並んでいる。

「いただきま――す!!」

 ゴローラモは大喜びで久しぶりの幸福を文字通り味わった。

「さすが王宮ですねえ。朝からこんな豪勢ごうせいな食事なんて……はむっ、うぐっ」

 ゴローラモは見た目そのままの食欲でパクパク口に放り込む。

「なんと、この体は食べても食べても満腹になりませんぞ。気持ちいいぐらい食べ物がぶくろい込まれていきます!!」

 逆にフォルテはその食べっぷりに圧倒あっとうされて、食欲がなくなってしまった。

「食材は確かにらしいけど、そうねえ、ピットの方が味はいいかしら」

「ピット殿ですか。私の生前はまだけ出しの料理人でしたからね」

「あのころよりずいぶん腕を上げたわよ。食べさせてあげたいわ」

しきには憑依できる巨漢きょかんはいませんからね。ナタリー夫人をもっと太らせるようにピット殿に言っておいてください。私が夫人に憑依できたら、悪事をすべてばくしてすぐにフォルテ様にとくを返して家を出ていきますよ」

「うふふ。そうね。そんなことができたら簡単なのにね」

 気づけばテーブルの食事を完食していた。

 後片づけに侍女達を部屋に入れると、みんな空っぽになった皿とフォルテの体をこうに見て、細身のくせにとんでもない大食いの女だとおどろきを隠せないままに下がっていった。

「では後ほどおむかえにあがります、青貴婦人様」

 ゴローラモ女官長は、朝食でさらに巨大になった体で頭を下げて出ていった。

 このまましばらくブレス女官長に成り代わって王宮を探ることにしたのだ。

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