第四章 謎の黒騎士アルト

4-①


 フォルテは、さっそく後宮の一室に案内されひんあつかいで宿しゅくはくすることになった。

 隠密おんみつ三人は、一番はしの小さな一室にフォルテを連れてきた。

 後宮だが建物内部以外は男子禁制というわけではないらしい。

 ドアの外に見張りを一人残されて、部屋に入った。

「ここは……後宮の中だからやっぱり国王陛下の殺されたおきさき様なんかが使っていた部屋なのかしら? ごうだけど、なんだか気味が悪いわ」

 フォルテは、ばながらしょうしゃな部屋を見回してぶるいした。

《私もさすがに後宮には入ったことはございませんが、歩いてきた位置から考えますと国王陛下のそくや王太子殿でんの妃などが入られる仮宮ではないかと思います》

「仮宮……」

閑散かんさんとした様子から、現在この仮宮にお住まいの姫君ひめぎみはいらっしゃらないようですね》

「そういえばクレシェン様はうらないで高貴なお方の結婚けっこんを心配されているようだったわ。じゃあもしかしてあの時占った方は王太子殿下だったのかしら?」

《おそらくそうでございましょう。どうやら殿下は、まだ一人の妃もいらっしゃらないようでございますね。あるいは妃はいたが、殺された可能性もあります》

「ま、まさか殿下の妃まで!? どうして?」

さん様にとっては、自分達を後宮から追い出す理由になる存在がざわりでしょうからね》

 フォルテはぞわりと後宮の黒いやみが自分におそいかかってきたように感じた。

「こ、こんな所、一刻も早く出ないと。へたな占いをしたら私も殺されるかもしれないわ。気にさわることを言って殺されたらどうしてくれるのよ」

《クレシェン様にとって、占いが一人殺されたところでいたくもかゆくもありません》

「な!」

 フォルテは自分がいかにあやうい立場なのか、はっきりと実感した。

「と、ともかくクレシェン様を納得なっとくさせるしょうつかんで早く帰りましょう。ヴィンチ家だって私がいないことに気づいたら、ビビアンがおさまから何をされるか分からないわ。ピットがうまく誤魔化ごまかしてくれているといいのだけど」

《ピット殿どのならきっとうまくやってくれてます。黒幕さえめればいいのです。このゴローラモにお任せください! 明日にも解決してみせます》

 胸を張るれい騎士きしだが、あまり当てにできそうにない。霊の身では生前のけんうでも役には立たないのだ。現にこうしてあっさり拉致らちされ、後宮に放り込まれている。

《そのお顔は疑っておいでですね? フォルテ様はわたくし幽霊ゆうれいだということをお忘れのようでございます。この姿はだれにも見えないのでございますよ。かべとおけるのもゆうでございます。まずは後宮内をさぐってまいりましょう。しばしお待ちを》

「あっ……ちょっと、ゴローラモ!」

 フォルテが呼び止めるのも聞かず、ゴローラモはすっと姿を消してしまった。

「思いついたらじっとしていられないんだから。もう少しそばにいてほしかったのに」

 知っているよりもはるかに殺された人数の多いいわく付きの場所だ。こんな所で一人にされて、十七の少女が不安にならないわけがない。

「まさか、後宮がこれほど深刻なじょうきょうになっていたなんて……」

 フォルテは思った以上に荒廃こうはいした王家にまゆを寄せる。

 確かに黒幕を掴むのは王家にとって重大な事案だ。しかし、王家をうらむフォルテにとって、彼らを助けるようなことをするのもなんだかに落ちない。

 それに何より、ここにいると気味が悪いのだ。

「窓の外からはげられないかしら?」

 フォルテは厚地のカーテンを引いて窓から見える景色を確認かくにんする。

 大きなし窓を開けると、背の高いへいに囲まれてはいるものの月明かりに照らされた庭には二人けのテーブルセットまであった。

 塀を登れないものかと庭に出ようとしたフォルテは、人の気配を感じてはっとした。

(誰っ!?)

 黒いかげが庭を横切り、フォルテの背よりも高い塀にひょいと飛び乗った。

(何? まさかかく?)

 月明かりを背に、塀の上に立つ人影がこちらにいた。

流れる黒髪くろかみと騎士のような黒服は分かったが、逆光ですべてが真っ黒だった。

(私のことを探ってたの? なぜ? 誰なの?)

 だが足はふるえ、カーテンを掴んで立ちすくむことしかできない。

 そして黒の騎士はまばたきする間に闇に消えてしまっていた。


   * * *

 

《黒の騎士? それはまたずいぶんロマンチックな夢を見ましたね。後宮内を探索たんさくしてもどってみると、すでにすやすやとねむっておいででしたからね》

「ゆ、夢じゃないわ! ゴローラモったら肝心かんじんな時にいないのだもの。全然帰ってこないから久しぶりにふかふかのベッドにそべってたら、あっという間に眠ってしまったのよ。しょうがないでしょ!」

 ヴィンチていでは、まつなわらきの固いベッドにビビアンと一緒いっしょに寝ている。ビビアンの体調がよくない時は、板張りのゆかに眠ることさえあった。

《フォルテ様がじゅくすいできたならよかったです。夢まで見るほど深い眠りだったようで》

「だから夢じゃないんだったら! 側妃達を殺した暗殺者だったらどうするのよ」

 必死でうったえるフォルテに、ゴローラモもめずらしく真面目な顔になった。

《私も周辺を見て回りましたが、どうもいやな気配というか、霊体のままでは近づきづらい場所がいくつかございました。軽はずみに歩き回るとしょうめつさせられそうな嫌な感じでございます》

「し、消滅? 嫌よ、ゴローラモ。今じょうぶつなんかしないでよ! 一人にしないで!」

《分かっております。ですので、こうなったら今まで封印ふういんしてまいりましたが、霊騎士のとっておきの秘策を使うしかないとかくを決めました》

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