3-③


「ではそなたもヴェールを外し、名を申せ」

 クレシェンはたんに命令口調で告げた。

「そ、それは……ご容赦ようしゃくださいませ……」

 フォルテは心臓が飛び出そうになるのを必死でこらえて答えた。

「私の命令が聞けぬと? 反逆罪になりたいか?」

 クレシェンはすでに得意のきょうはくモードに入っている。

「わ、私は極度の人見知りでして、人前でヴェールを外してがおをさらすと、占いの能力を失くしてしまうのでございます。どうかヴェールを外すのだけは……」

「占いの能力が?」

 クレシェンは怪しみながらも考え込んだ。占いができないのは困るらしい。

「では名を申せ。どこの夫人だ」

「わ、私はさる貴族の方の妻でございましたがえんされてしまいました。今はひっそりと病弱な娘と暮らす身なれば、名をおおやけにして元夫の迷惑めいわくになりたくありません。どうか名前もご容赦くださいませ」

 ゴローラモとさっき慌てて考えた筋書きを口にする。

「なんだとっ!! 名も申せぬと言うか!!」

 いかりで剣まで引き抜きそうなクレシェンに、さすがにフォルテは青ざめた。

「どうかお許しを! 私にできることならなんでも致しますので、どうか……」

 フォルテは両膝をついていのるような姿勢になって震えた。

 霊騎士ゴローラモまで膝をついたまま震えている。

「この女! やさしくしていればつけ上がりおって、死にたいか!!」

 フォルテはもう今では目に見えるほどにガタガタ震えていた。

「どうかお許しを!」

 いよいよ斬り捨てられるかと思ったが、クレシェンはおびえる占い師を見て満足したのか、急に態度をやわらげた。

「まあよい。本題に入ろう。実は陛下の後宮の三貴妃様が青貴婦人をご所望しょもうなのだ」

「……三貴妃様が?」

 フォルテにも王の後宮の知識なら幾分いくぶんかはある。

 二十年以上も前に重臣の三貴族からとついだ三人の姫君ひめぎみ達だ。かつて母テレサもきさき候補に名前が上がったことを考えると、フォルテの母親ぐらいの年齢ねんれいのご婦人方だろう。

「さ、三貴妃様が私などに何用でございますか?」

 えらいことになってしまったとフォルテはまだ震えが止まらない。

「占い師なのだから占いをしてもらいたいのだろう。どういう相談内容なのかまでは私も知らない」

「う、占いをすればよいのですか?」

「そうだ。占いをすればいい。ただし何点か聞き出してもらいたいことがある」

「聞き出す?」

「そうだ。そなたも聞いた事があるだろう。後宮の黒いうわさを」

「く、黒い噂……」

 フォルテはごくりとつばを飲み込んだ。

「後宮ではこれまで多くの死人が出ている。後宮に暮らしていた王子が二人に、妃は全部で五人。みな毒殺、転落死などの不審な死に様だ。おまけにゆく知れずとなった側妃は数えきれない。そんな中で三貴妃様だけが、今でも健在だ」

「そ、そんなにたくさんの死人と行方不明者が……」

 フォルテは青ざめた。

 二人の王子とその母の死しか一般いっぱんには知られていない。まして後宮の外でも密かに育てられた王子に死人が出ていることは一部の重臣にしか知られていなかった。

「占いをするふうを装って、だれが手を下したのかさぐってほしい。そしてそのしょうを掴んでほしいのだ」

「そ、そんな大それたことを、この私が……」

 クレシェンは知らないだろうが、まだ十七の小娘なのだ。いくらかんがいいといっても、あまりに荷が重い。

「そ、それに占った内容を他人にらすのは契約けいやく違反でございます。私の信用にも関わりますゆえ……」

「できぬと申すか?」

 クレシェンのひとみが怪しく光った。

「はい。申し訳ございませんが……」

「では詐欺さぎ容疑でこのままろうに入ってもらうか」

「え?」

 フォルテはおどろいてクレシェンを見上げた。

「先日の壺を、よもや私があっさりだまされて買ったとは思ってないだろうな?」

「つ、壺……。ではクレシェン様は分かっていて……」

 フォルテの額にじわりとあせにじみ出る。

「当たり前だ! 壺をはだはなさずそばに置けば望みがかなうなどと、そんなバカげた話を私が信じると思ったのか? この私が!」

 フォルテは蒼白そうはくになった。

「これはデルモントーレ国法、第五十四条、まやかしの価値で物を売りつけることを禁止するじょうこうていしょくしておるな。または第九十二条、買わねば望みが叶わぬというきょうを植えつけるおどし文句を使った脅迫罪にも引っかかるか。犯罪者ともなれば、拷問ごうもんしてでもじょうかせ、爵位があればもちろん剥奪はくだつし、離縁した夫も尋問せねばならぬな」

 フォルテは震える声で尋ねた。

「ご、ごうもん……とは……どのような……」

「まずは指のつめを一つ一つがし、それでも答えねばてんじょうからさかりにしてムチで打ち、それもダメならぱだかにして街中にさらし、知っている者は名乗り出よと札を立てて……」

「ひいいいい!! 申し訳ございません! お許しください! 病気の娘のためにどうしてもお金が必要で、出来心でやってしまいました。どうか……どうか、お許しを……」

 フォルテはガタガタとゆかにひれした。

 あっけなく白状したフォルテに、クレシェンは心の中で壺に効力がなかったのかと少しだけがっかりした。

「本来なら即刻そっこく牢屋に入れるところだが、後宮の三貴妃様の件を引き受けるというなら、帳消しにしてやってもいい。さあ、どうする?」

「や、やります!! やらせてください!!」

 フォルテはなみだで答えていた。

「必ず王子と妃殺しの黒幕を見つけるのだ。何がなんでも聞き出せ!」

「は、はい。分かりました」

「万が一、何も聞き出せなかったら分かっているだろうな?」

「ど、どうなるのですか?」

 青ざめた顔で見上げるフォルテに、クレシェンは悪代官の顔でにやりと笑った。

「一生牢屋で暮らしてもらうことになるな」

「そんなあ……」


 アルトは尋問室でのクレシェンと占い師のやりとりを、隣室りんしつのドアのすきから身の縮む思いで見ていた。何度出ていってクレシェンを止めようとしたか分からない。

(クレシェンは善良な国民に、いつも陰でこんなことをしているのか?)

 アルトや国のためなら平気で悪事を働くことができるのは分かっていたつもりだが。

 たりにすると、占い師が気の毒だった。

(病気の娘がいると言っていたか。帰らぬ母をさぞ心配していることだろう)

 何か力になってあげたいとアルトは思った。

(だがそれにしても……)

 アルトには、一つだけ気になることがあった。

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