3-②


   * * *


 尋問じんもん室ではフォルテが黒服の隠密おんみつ三人に見張られながら、ゴローラモに心の声でしゃべりかけていた。

(ゴローラモ、いったいここはどこなの? 馬車の窓はかくしがあってさっぱり分からなかったわ。私はどうなるの? 殺されてしまうの?)

《フ、フォルテ様……、どうかお気を確かにお聞きください。わたくしゴローラモは、その昔、デルモントーレ全土に名をせる凄腕すごうで騎士きしでございました。その信頼しんらいたるや殿下のこの軍の将軍に最年少で抜擢ばってきされるほどでございました》

(この非常時にあなたのまん話を聞くゆうはないのだけど)

 フォルテは見当けんとうちがいな話を始めたれい騎士に文句を言った。

《いえ、話したいのは自慢ではなく、つまり王宮に将軍用の一部屋を頂くほどの騎士だったのでございます》

(やっぱり自慢話じゃないの)

《で、ですから、端的たんてきに申し上げますと、ここは私がテレサ様の側近騎士になる前に、将軍職を辞すまで住まった場所でございまして……》

(住まった場所? つ、つまりここは……?)

 フォルテはぜんとしてゴローラモを見た。

《はい。まぎれもなく王宮。しかもかなり陛下のお部屋に近い中心部でございます》

(な、な、な、なんでそんな所に私が?)

《こっちが聞きたいです。なぜこんなところに拉致されたのですか! ああ、親愛なるテレサ様。あなたのまなむすめはどうなるのでしょう? ここはおそらく重大な犯罪者が尋問される場所です。将軍の私ですら、足をれたこともない王宮の最深部です》

(な、なんでそんな場所に? まさか! 霊感商法がバレて?)

《そんなチンケな犯罪で連れてこられる場所ではありませんよ。もしかして先日クーデターの占いをしたことで、仲間だと思われているのかもしれません》

(そ、そんな……。私は占いをしただけで、しかも成功しないって言ったのに)

《あの壺を買った青年。思い返してみれば王子様達のご学友の中に、神童と呼ばれる非常に頭の切れる少年がいました。モレンドこうしゃく家の確か……クレシェン様とおっしゃいましたか。五年前には王太子殿下の側近として、次期さいしょう候補なのではとかげで言われておりました。もしやあの方は……》

(さ、宰相候補? 王太子殿下の側近? まさか……)

 だが、言われてみれば身なりといい、態度といい納得なっとくできる。

こいうらないをよそおって、青貴婦人を偵察ていさつに来ていたの?)

 そうとも知らず、壺を売りつけてしまったのだとしたら……。

(ど、どうしよう、ゴローラモ。もしも、もしもヴィンチ家の娘だと知られて家に押しかけられたら……。きっとあのナタリー夫人のことだわ。いい機会だと、私とビビアンをお屋敷から追い出すわね。自分達は無関係だと言って。そんなことになったらビビアンは……。どうしよう……)

《ビビアン様の心配より、まずはご自分の命の心配をなさってください。とにかく名を明かさないことです。できればヴェールも取らない方がいいでしょう》

(わ、分かったわ)

 フォルテは事の重大さにふるえる手を必死で押さえてかくを決めた。


   * * *


「やっぱり騎士の恰好かっこうは動きやすくていいな」

 アルトはクレシェンが立ち去った部屋で服を着替えながらダルに話しかけた。

「また騎士に変装するんですか? クレシェン様にバレても知りませんよ」

 ダルは、きらびやかな衣装いしょうて全身黒の騎士姿になっていくアルトを見ながら不安そうに八の字まゆを下げた。

「だからもしもの時は、ダルがうまく誤魔化ごまかしてくれ。私はつかれたからたとかなんとか言って。そのために寝ている時に部屋に入るとげきする設定にしてある」

 王宮に来てから部屋に軟禁なんきん状態のアルトは、その閉塞へいそく感にえ切れず度々たびたび騎士姿に変装して王宮内を散策している。ダルと女官長だけがそれを知っていて、ひそかに手引きしたり誤魔化したりしてくれていた。

 ありがたいことに王太子の部屋の寝室にはクーデターなどの大事の時に逃げるための隠し通路がある。寝室から後宮の仮宮に出ることができ、その後宮にはさらに王が外に抜け出るための隠し通路もあるらしいが、そこはまだ見つけられていない。

 今のところ仮宮経由で王宮内部を散策するにとどまっている。

「ですが最近あまりに頻繁ひんぱんだからクレシェン様もあやしみ始めていますよお。アルト様は寝過ぎじゃないか、何か病気ではないかとおっしゃっていました」

「クレシェンが占い師に無茶を言わないか心配なんだ。こっそり様子を見てくる。少し様子を見たらすぐ戻ってくるから」

 アルトは仕上げに肩にかかる黒髪くろかみのかつらをかぶって、王太子の部屋をこっそり出た。


   * * *


 クレシェンが部屋に入ると、フォルテは立ち上がりドレスをつまんで貴婦人らしくひざを落として挨拶あいさつをした。そしてそっとクレシェンの容姿を確認かくにんした。

(やっぱりあの日壺を買った貴族の方だわ)

 顔ははっきり見えなかったが背格好と、何より手入れのいい栗色くりいろの巻き毛が同じだ。

 フォルテのりょうわきと背後には黒服の隠密が立っている。

 そして霊騎士ゴローラモは、フォルテのすぐ横で片膝をつき拝礼していた。長く王宮を離れていたとはいえ、みついた忠臣の慣習は霊になっても変わらないらしい。

「青貴婦人よ。そなたほどの力があれば、ここがどこか分かるかな?」

 クレシェンはためすように尋ねた。

「王宮……でございますわね、クレシェン・モレンド様」

 フォルテははじけそうなどうおさえ、精一杯せいいっぱい強気の姿勢で答えた。

「ほう。私の名まで分かったか」

(やっぱりゴローラモの言った通り、王太子殿下の側近、クレシェン様だった)

 フォルテは改めてとんでもないことになりそうな予感に青ざめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る