第三章 公爵令嬢、拉致される

3-①


 フォルテがうらないをする『青貴婦人の館』は、ピットが森の中の食材を集める時に使っている小屋を借りていた。

 ヴィンチ家から馬車で半刻はんときほどだが、ひと気のない深い森の中だ。

 食材調達の手伝いという名目で、週に二日だけヴィンチ家のおしきしてピットと共に馬車でやってくる。

「今日の予約は一件だけだから、そんなに長くかからないと思うの」

「はい。私はいつものように森の中で食材になりそうなきのこなどを探しています」

「いつもごめんなさいね、ピット」

「いえ。食材集めのついでですから気にしないでください」

 ピットが森の中に消えると、フォルテは青いドレスにえた。しかし着替え終わらないうちに小屋の外に馬の足音を聞いた。

(大変。もう来られたのかしら? まだ予約の時間には早いのに)

 あわててヴェールをつけたフォルテは、ゴローラモが必死の形相でこちらにけてくるのに気づいた。

《フォルテ様! お逃げください! 外の様子がおかしいです。黒服の男達がこの小屋を取り囲んでおります》

「え?」

 しかしフォルテが行動を起こすよりも早く、戸口に男二人が風のように現れ一瞬いっしゅんにしてフォルテの両腕りょううで拘束こうそくする。

「きゃっっ!! 何をなさいますか!!」

《何しやがる! フォルテ様を放せ!! 放せえええ!!》

 ゴローラモがけんり刻んでいるが、もちろん相手は気付いていない。

「お静かに。こちらの言う通りになさっていただければ、危害は加えません」

「言う通りにって……。こんなあらなマネをしておいて……あなた達はいったい……」

「ある高貴な方がお待ちです。今からしばしお付き合い願いましょう」

「い、いやよ! 占いの予約が入っているのよ。大事なお客様なのに!」

「残念ながら我らと共に行くか、ここで死ぬか、選択せんたくはこの二つだけです」

「な!」

《ふざけんな!! このろう!!》

 ゴローラモはすでに二十回は男達を斬り刻んだ。

 だが抵抗ていこうむなしく、フォルテは男達に連れ去られてしまった。


   * * *


「このつぼ霊感れいかん商法のインチキではなかったのか? クレシェン」

 アルトはしつ机の真ん中にでんと置かれた占いの壺を見つめながら、そばにひかえる側近にたずねた。

「はい。そうです。王太子殿下でんかの第一の秘書官でもあるこの私に、占い師が売りつけようとしたまがい物。見るも腹立たしいインチキ壺でございます」

「ならばどこかたなの奥にでもしまっておけばいいだろう」

「いいえ。非常に高価な逸品いっぴんだと聞きましたので、それならせっかくなのでアルト様のおそば近くにかざろうかと思いまして」

「さすがに机の真ん中はじゃだろう。窓辺にでも飾るか」

 壺を動かそうとするアルトの手を、クレシェンはがしっとつかんだ。

「いいえ。これはアルト様のおそば近くに置きましょう。執務机が邪魔なら寝室しんしつまくらもとにでも置いてはどうでしょうか? ええ、それがいい。そうしましょう」

「……」

 アルトはクレシェンの様子にしんいだいた。

「そういえば占い師に何を占ってもらったんだ?」

「ダルをうるわしいうでぷしが強い武官といつわって恋愛れんあいの相談をいたしました」

「ダルを?」

 アルトは執務机からはなれたソファで、うれしそうにおやつのクッキーをほおるダルの巨体きょたいを見やった。見目麗しい腕っ節が強い武官……では決してない。

「私も占いなどバカバカしいと思っていましたが、青貴婦人はさすがに話題になるだけあって大したものです。ダルがモテないことも、剣が下手なことも当てました。おまけにアルト様に、非常に有能な側近がついていることまで当てた時に、これは本物だと確信致しました。だからさん様の占いにも期待できると思ったのです」

「やっぱり私のことまで占ったのか。そんなことだと思った」

「そうでした! アルト様、今日はどなたかごれいじょうにお会いになりませんでしたか?」

「ご令嬢? 会うわけないだろう。王宮にもどされて一年、暗殺さわぎもあってこの部屋からほとんど出ていないのはお前が一番よく知っているだろう」

 父王が心配してというのもあるが、何よりこのクレシェンが心配しょうの過保護だった。

「占い師によりますと近々に大恋愛をする相手との出会いがあるようなのです」

「お前、すっかり占い師に洗脳されておるな。本当は壺もしくて買ったんじゃないのか? だから私のそばに置こうとするんだろう?」

「いいえ! 私が占い師の言いなりに壺を買うようなおろものに見えますか? そんなことよりもご令嬢に出会ったかどうかです」

 クレシェンは意固地に言い張ってから話題を切り替えた。

「残念ながら、女官やじょぐらいしか女人とは会っておらぬ」

「もしや、女官や侍女の中に? 最近新しく入った侍女はおりませんか?」

「いや、みな以前からいる母のようなとしの女性ばかりだが……」

「アルト様はもしや年上好みでは? この際、多少年配でも遠慮えんりょせずに気に入った女性がいれば、おっしゃってください」

「なんだ、急に。この前までだんしゃく以上の身分の者でないと、と言っていたくせに」

「次に出会う相手と子を成さねば子宝にめぐまれぬと言われたのです。ですから、この際どんな身分でも構いません。アルト様の子を生んでくれるなら、あざといしょうわる女でも文句は言いません」

「私が文句を言いたいがな」

 すっかり占い師を信じている側近にアルトはしょうした。

「ともかく、どうやって占い師に協力させるつもりなのか知らないが、手荒なマネはしないであげてくれ。気の毒な未亡人かもしれぬのだ」

「占い師なら、すでに拉致らちして間もなくとうちゃくする予定です」

「な! 拉致? お前はなんということを……」

 アルトは頭を抱えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る