1-④


 アルトはあきれたようにため息をついて続けた。

「そうして選んで、後宮のさんの教育を受けさせろというのか?」

 デルモントーレ国では、前王の貴妃が次の代のきさきの教育をする。新たな王の妻となった者はすべて一旦いったん仮か宮に入り、そこで王の妃に相応しい者となるため教育されるのだ。そして正妃と三人の貴妃が選ばれ、それぞれの宮を引き継ぐための教育を受ける。通常は王子を生んだ妃が正妃や貴妃に選ばれることが多い。ただし現王の代ではその通例は無視され、陰謀いんぼうにまみれた正妃争いになったと聞いている。

 手始めに現王の母である王太后が死に、妃教育中に先代の貴妃一人が病死した。現王が母を亡くしたショックで正妃を決めることを後回しにすると、それを皮切りに現王の子を生んだばかりの貴妃二人が王子共々しんな死をげた。すると後宮をまとめるべき妃が誰もいなくなる。そんな空っぽの後宮に三人の姫君が実家の権力をたてに貴妃に選ばれたと言い張って入り込んでしまった。

 そして子を生んだ側妃に三貴妃の座をゆずるべきだと世論が高まると、今度は側妃達が次々不審死したりゆく不明になったりした。側妃だったアルトの母もまた、アルトを生んだ後に行方知れずになったと聞いている。

 こうして現王の正妃が決まらぬまま後宮は三貴妃がぎゅうり、今や彼女達しか残っていない。

 三貴妃の実家が、軽くあつかえない有力貴族であることも問題を大きくしている。

 心をみ議会すら休みがちの父王は、問題だらけの後宮を正すことすらままならず、アルトに譲位と共にそのまま引きわたすと言うのだった。

 そんな黒い噂の広がる後宮にアルトの見初めた姫君をき込むわけにはいかない。

 そもそも、この三貴妃に次世代の妃を教育するつもりがあるのかどうか。教育後、すみやかに後宮を出ていってくれるのか。

 アルト達は妃や王子を殺したのは三貴妃である可能性が高いと疑っている。

 あるいは三貴妃を使って、王家の血筋をえさせようと暗躍あんやくする者がいるのかもしれない。クレシェンはそれを一番疑っていた。だが三貴妃の実家は王の強力なうしだてでもあり、理由もなく追い出すわけにもいかなかった。

 なんとかして、三貴妃には穏便おんびんに後宮から退いてもらいたいのだが、今のところなんの見通しもなくアルトは頭をなやませていたのだ。

「あの後宮がある限り、私は妃を持つつもりはない」

 自分の母もせいになったあの後宮に、年若い姫君を入れる気にはなれなかった。

「そう言うと思いました。ですので実は秘策を考えております」

 クレシェンは得意げに微笑んだ。

「秘策?」

「そうです。後宮に間者を送り込み、三貴妃様を調べさせるのです。そしてアルト様の兄上や現王の妃達を殺した黒幕を見つけ、そのしょうを掴むのです。証拠さえあれば、たとえ三貴妃様であろうとも、実家がどれほど強大でも、追放することができます。それに、無駄むだ膨大ぼうだいした権力をぐこともかないます」

「簡単に言うが、その間者とは?」

 三貴妃は自分の宮をけんに守り、滅多めったに人を入れたがらない。唯一ゆいいつ自由に入ることのできる王すら何年も近づいていないため、今どうなっているのか誰も知らない。

 クレシェンはにやりと悪巧わるだくみの顔になった。

「実は最近ちまたでは『青貴婦人』と呼ばれる占い師が話題になっておりまして、三貴妃様からそれぞれに後宮にしてほしいとの要望を頂いております」

「三貴妃みんなが?」

「はい。女性というのは占いが好きなようでございますね」

「その『青貴婦人』とは何者だ?」

「先日さっそく偵察ていさつに行ってまいりましたが、中年風のドレスを着ていましたので、どこかの没落ぼつらく未亡人がぜいにかせぎにじょうを隠してやっているのだと思いますが……」

「もう偵察に行ってきたのか?」

 アルトは相変わらずぎわのいい側近に目を丸くする。

「はい。その占い師をうまくき込み、三貴妃の秘密をさぐらせるのです」

「なるほど。占い師になら貴妃達も胸の内を洩らすかもしれぬな。だが、その占い師をうまく抱き込めるのか? その者がいやだと言ったらそれまでだろう?」

「やらざるを得ない状況にい込むのです」

 クレシェンはすっかり悪人面あくにんづらでほくそんだ。

「ど、どういうことだ?」

 アルトとダルは警戒するようにクレシェンを見つめた。

「これです」

 クレシェンは足元に置いていた布の包みをアルトに差し出した。

「? なんだ?」

 アルトは受け取ってそっと包みを開いた。

 そこには見事なモザイクがらの壺が入っていた。

「これは……故レオナルド壺師の作品ではないのか? 素晴すばらしい品だが、これがどうした?」

「先日占い師が、こともあろうにこの私にそばに置いておけば願いが叶うなどと虚偽きょぎを語り売りつけてきたのでございます。これはまぎれもない霊感商法、詐欺さぎでございます」

「お前が騙されたのか?」

「はい。もちろんわざとでございます。これをネタに占い師をおどすのです」

「いったいいくらで買った?」

「その時の持ち金すべて。一万リルも払いました」

 クレシェンは得意げに答えた。

「お前は確か法律や政治経済には長けているが、芸術はさっぱりだったな」

「それが何か?」

「これは十万リル出しても足りないほどの逸品だぞ」

「……」

 クレシェンは目の前の使い勝手の悪そうな壺を黙って見つめた。

「お前の方こそ詐欺師だな」

「と、ともかく占い師にこの証拠を突きつけるのです。そして言うことを聞かねば裁判にかけてろうに入れると脅すのです」

「どう考えてもお前の方が罪が重いな」

 アルトは会ったこともない『青貴婦人』が気の毒になった。

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